2月16日
「研一、ちょっと聞きたいんだけど。」
「また物語作れってか?」
「いや、研一って結構趣味持ってるじゃん。一生付き合ってく趣味ってどう考えてるかってこと。」
「趣味ねえ・・」
「研一の趣味って何?」
「うーん、囲碁クラブはずーっと行くんじゃないかな。大会で優勝しようなんて思わないけど、なんか、じいさん達と話しながらパチパチやる時間も結構大事かもしれない。それにやめるタイミングってのも難しいんだよね。近所に知り合いもいるし、『けんいちぃ、今度いつ来る?』なんて言われるとね。」
「でも、研一はいいよなあ。もう一生やってく趣味があって、しっかり大人とつながってるもんな。」
「お前だってシエロの朋子さんいるじゃん。それに、見てて飽きないじいさんいるし。」
「それはそうだけど、一生かけてやってく趣味というか、生きがいとは違うんだよね。」
「俺の囲碁だって、生きがいというより『流されるまま』って感じ。ただ、今はじいさんの中に高校生一人だけど、自分がじいさんになったらどんな風景になってるのかは、興味ある。」
「写真は?」
「生きがいというか、野望があるとすれば写真の方かな。」
「カメラマン?」
「まあ、趣味で撮り続けるけど、タイミングが合えば本気になるかもしれない。でも、そうなったら趣味じゃなくて仕事かな。」
「かっこいいじゃん。スクープ狙う報道カメラマン?」
「あれは多分ダメ。自分に合わない。特に芸能関係のニュースや雑誌なんか、人の不幸を売り物にしてる感じで、イラっとくるんだよね。そういうんじゃなくて、白神山地の奥で寝泊まりして動物を撮るとか、街のにおいを一枚に切り取るような写真、かな。」
「ところで、ユーチューブとか、動画撮って投稿する人多いけど、研一はなんで動画じゃなくて写真なの?」
「お前、なんか腕を上げた感じがする。司会者とかインタビュアーになれる。」
「はあ?」
「今の質問な、俺の思いをストレートに出させるナイスな質問。」
「ふーん、ストライクゾーンだったんだ。そんで答えは?」
「俺な、昔から動画より写真の方がのめり込めるっていうか、感情移入できちゃうんだよね。それって何でかなあって考えてたんだけど、ある時気づいたわけ。
例えば、5分間の映像がナレーションと音楽付きで流れるとする。見てる方は5分間その映像に付き合うわけ。で、ナレーションがあーだこーだ言い出す。その雰囲気を醸すBGMも流れてくる。
その中で、見てる人の感情は無視されて,
『いいか、この映像はこんな雰囲気なんだから、よく説明聞いて同じ感情持つんだ。音楽も君の感情をその方向に引っ張ってくれるだろ?ほれ、感じろ。俺と同じように。』
と、他人の感情を押し付けられるわけ。しかもそれが5分間続く。何だか学校の先生から
「この場面ではこう感じて、こう行動しなさい。」
って指導されてるのと同じだなあって。
それに、映像の途中で『あっ、ここもう少し見たい。』って思っても、映像ってどんどん流れて行くじゃない。映像って、こっちの感情も考えるペースも許さない媒体だね。
写真て、見るのは一瞬で終わるでしょ?でも、それを見て『この子はどう考えているのかな?どこへ行くのかな?あの道をまっすぐ行くとどんな風景なのかな?』って考える自由があるし、どれだけ時間を使うかも自由。一瞬でスルーしちゃう自由もある。
こんなことを思いついて、『それじゃあ、映像よりも文章の方が読む人の想像力を刺激するのかなあって考えたけど、文章はそもそも説明だし、読む時間を考えると写真より動画に近いものなんだなあって再確認。
で、俺は写真が一番しっくりくると言うこと。」
「はあ・・・」
「はあって、何?」
「研一、お前ってすごいやつだなあってつくづく思う。今の説明、テレビでえらい人が言ってたとしても納得するよ。」
「武志が言うなら、ありがたく受け取っておく。」
「で、研一は写真をずーっとやってくわけね。」
「うん、趣味で終わるか終わらないかは、運しだいってとこ。」
「写真の他に一生やってくことって何かある?」
「今は、何もないかなあ。」
「まあ、写真愛がすごいから、他にはいらないか。」
「そういう武志はどうなのよ。」
「それがね、一生続けるものってないなあ。自分て、悲しいくらい幅の狭い人間だなあって、悲しくなる。健一の話聞いたらなおさら。」
「お前、毎日絵描いてるんだろ?」
「うん、簡単なデッサンだけど、一応続けてる。」
「それ、すごい趣味じゃん。」
「でも、将来に向けたトレーニングみたいなもんで、趣味ってのと違うんだよね。」
「自転車は?」
「あれも面白かったけど、本気でやろうと思わないんだよね。陸上も高校出たら続けないだろうし、けっこうなじいさんがフルマラソン走ってるのを見るけど、あれも違うんだよなあ。」
「まあ、いいんじゃない。趣味は趣味なんだし、やりたいと思った時にやればいいだけじゃん。意外なものにのめり込むかもしれないし、スカイダイビングとか、習字とか、ビルの壁登りとか。アフリカあたりの太鼓たたきとか。」
「参考例が全く参考にならない。」
「できたら、浮き輪で太平洋横断とか挑戦して欲しいなあ。」
「一緒にやる?」
「俺は船の上から写真撮ってやる。」
最初は『こいつ、暗いし友達もいないみたいだし、助けてやろう。』なんて思って声かけたけど、研一はかなり先を走ってる感じがする。写真を見てスラスラ物語を作った時はびっくりしたけど、研一にしてみたら当然のことだったのかもしれないな。
今の自分には、何が合うのか全く分からない。研一の言う通り、そのうちにやりたいことが出てくるのかな。
まあ、とりあえず未来の計画書に、趣味の欄は書かないでおく。