未来をより良く生きるために

18 8月 冒険①

8月12日 その1

目覚めたのは午前4時40分。いつもより1時間以上も早い。窓の外は、青空とはほど遠いけど雨は降っていない。かえって好都合だと気持ちを切り替える。

5時、起床。着替えをして、クロッキーブックと鉛筆を持ってガレージに移動。タイマーを10分にセットして、デッサンを始める。とうとう1か月続けた。これまでの人生の中で1か月続けたことって何かあったっけ。テレビとか、風呂とか、食事とか、睡眠とか、無意識に続けてることはたくさんある。でも、自分で決めて続けたのはきっと初めてだ。それも1か月。土日も、晴れの日も雨の日も、体調の悪い時も含めて、本当に1か月だぜ。すごいだろう。(まあ、この1か月は体調崩してないし、デッサンに外の天気も関係ないけど。)

今日のテーマは自転車。これから3日間の相棒だからね。とは言え、なにしろ部品は多いし、荷物はついてるし、10分で全部をていねいになんて描けないよ。でもいいんだ。1か月目の記念だし、自分へのご褒美を許可する日だから。

 

部屋に戻り、歯磨きをしてるところで目覚ましが鳴った。「もう終わったよ。」と機械に軽口を叩き、アラームボタンをポンと叩く。

 

「おはよう。」

「おはよう武志、準備は整った?」

「うん、父さんも起きてたんだね。」

「そりゃそうだ。旅立ちの祝福をせねばなるまい。我が息子の未来に幸あれ!」

「頼むから玄関先で万歳三唱なんかしないでよ。」

「やっぱりだめか。そりゃ残念だ。」

「ところで、予定より早く出発するね。6時半にする。」

「大丈夫よ。おにぎり作ってあるから。」

 

昨日のうちに詰めておいたリュックを背負い、ヘルメットとサングラスを手にガレージに向かう、自転車にはすでにバックがくくり付けてある。中には3日間の着替えと一人用のテント。テントはじいちゃんからの借りものだ。前カゴにはサンダルとチェーンロックだけ。自転車を降りた時のヘルメット入れにも使うつもり。指でタイヤを押す。空気は十分に入っている。念のため携帯用の空気つめと100円ショップで購入した「パンク修理セット」も持ったが、これは使わないことを祈るのみだ。

 

「はい、おにぎり。」

「ありがとう。もう準備できたから行くね。」

「はい、いってらっしゃい。気をつけてね。」

「大型車には注意ね。」

「わかってる。たぶん大丈夫。それじゃ、いってきます。」

時計は6時20分を指していた。

 

家族の姿が見えなくなるところまでは、努めて快調に走って見せる。少々頑張りすぎだけど、朝の涼しい風を受けて走るのは気持ちがいい。それに、ここから山形までは下り、そこから天童はほぼ平地だ。およそ30キロ、1時間半の道のりは楽勝だろう。

 

なぜ自転車で旅をすることがご褒美なのかって? 確かに「自転車でいくべきところを車で連れていってもらえる」としたら、こっちの方がご褒美かもしれない。でも、いつだったか朋子さんがこんな話をしていた。

「楽しい人生、良い人生ってどんな人生だと思う?私はね、経験の多い人生がそれだと思ってるの。あれもした、こんなこともした、あそこにも行った、こんな人にも出会った、そんな経験が多い人生が私の理想かな。」

その意見には僕も大賛成。テレビでいろんな国に行ったり冒険をしてくる番組を見ると、ワクワクする。大変なのはわかるけど、なんだか僕にもできそうだと本気で思ってしまう。実際にやってみると想像よりずっと辛いのだろう。それでも挑戦したい。辛くて出来なかったら、「挑戦したけど辛くて挫折した。」という経験がひとつ増える。挑戦しないよりずっと素晴らしいと思う。

そんな冒険心を満たすべく考えたのが「2泊3日仙台自転車旅行」というわけだ。許可を得るために家族には話していたが、今日まで友人にも一切秘密を通した。それを今発表することになる。

山形市に入り、見つけたコンビニでひと休みして、まずはやよいさんへメール。

1か月記念のデッサンです。そして、ご褒美の発表です。

これに自転車のデッサンを添付して送信。

壮太と孝弘にもメールを打つ。

今日から14日まで、自転車で仙台を旅します。自分探しの旅です。(笑)

「自分探しの旅」これ一度使ってみたかった。自分探しをするつもりもないし、そもそも自分探しって何よって思ってる。それでも言ってみたかったのって何だろね。ただのミーハーかな。

 

リュックからバナナを1本とペットボトルのスポーツドリンクを取り出し、エネルギー補給。そして再出発。時間は7時10分。快調だ。まだ早いからだろう。車も少なく、走りやすい。でも、バナナを食べたら逆に空腹を感じてきた。でも、おにぎりはにはまだ早い。おそらく「道の駅天童」へは8時前につくだろうから、我慢して走り続ける。

7時50分、「道の駅天童」に到着。快調すぎて怖いくらい。このまま何の苦労もなく旅が終わったらどうしようか、などと想像しながらおにぎりをほおばる。すぐに出発できそうな気分だけど、先は長いと自分に言い聞かせ、食後10分の休憩を取る。ペットボトルに水を補給し、ついでに蛇口から胃袋へも直接補給。携帯をチェックすると、3人から返信が来ていた。

なるほど、ご褒美ってこれだったのね。日帰り?泊まるの? どこへ行くの?

旅の途中報告も期待していいかな。

今日のデッサンはあせってた気持ちがバレバレ(笑)。

でもご褒美の日だし、10分で自転車はちょっと無理だから許す!

楽しんできてね。

やよいさん、ちゃんと理解してくれたみたい。

えええええっ!!!!

すごいじゃん!!

無事帰ったら連絡ちょうだい。話聞きたい!!

壮太らしい素直な反応。

俺はすでに自分を見つけたからもう自分探しの旅には出ない。

ところで、武志の自分が仙台にあるという保証でもあるのか?

まあ、見つからなくても怒らないから、その時は手ぶらで帰っておいで。

孝弘の物言いもきらいじゃない。

 

さあ、ここからが峠道。本日のメインイベントが始まる。

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小説「高1の春に」

自己紹介

縁あってたくさんの中学生と接してきましたが、まだ人生の準備運動の段階であきらめている子のなんと多いこと!そうじゃないよ。人生は中学卒業からが本当のスタートだよ。いくらでも自分自身と自分の人生を変えられるよ!
そんな思いをもってページを立ち上げた中年のおじさんです。

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