未来をより良く生きるために

44 1月 手帳をつけ始める④

1月27日

「武志くん、研一くん、お待たせ!かなり待った?」
「いえ、僕は時間ちょうどに来る方なんで、待ち時間3分です。」
たしかに研一は10時ちょうどにふらりとやって来た。でも、きっと早めに来て町中の写真を撮っていたに違いない。
「武志は何時に来てたの?」
「研一みたいにジャストオンタイムってわけにはいかないからね。9時半に来てた。」
「ひえー、寒かったでしょう。
そこでぇ、じゃじゃーん! はい、焼き芋!」
「どうしたんですか。それ。」
「デパートの店頭販売。においに負けた。まっすぐなら間に合ったけど、『少し遅れても焼き芋を取る!』って思っちゃって。これじゃあ社会人失格ね。」
「社会人て、やよいさんまだ大学2年でしょ?」
「まあそうだけど、もう20歳だから大人の行動しなくちゃね。」
「でも、僕は子どものやよいさんの方が好きです。」
「研一くん、それって告白。」
「はい、焼き芋のためなら告白くらいしちゃいます。」
このあたりが、研一の読めないところ。

「ごちそうさま。うまかったです。」
「でしょ?! やっぱり安納芋は違うね。」
郷土館は飲食禁止なので、焼き芋を処理してから入場した。

 県立郷土館は、昔の県庁を一部回収してできた建物。展示は少しだけで、貸しホールや貸しギャラリーなんかに使っている。要は「大切な建物だから、しっかり守っていこう。」ということらしい。
 そんな記念館になぜ来たかというと、手帳に書いた「個性的な建物を見学する。」という目標を実行するため。1月中にひとつくらい行かないと、何のために手帳に書いたかわからないから。
 いつもの遊び友達や部活の仲間と行く雰囲気でもなかったので、研一を誘ってみた。
「いいよ。久々に街にでて写真撮るのも悪くないし。」
研一は自分のペースで動けるし、いざとなったら個人行動できるやつだから、こんな場面では有り難い。
そんな話をシエロでしていたら、やよいさんが
「おもしろそうだから、私も行く。ついでに献血体験しちゃう。」となったわけ。
研一とやよいさんも一応顔見知りだけど、この3人で出かけるのって、新鮮。

「私、大学の講義で話を聞いてるから、3人の中では詳しいよ。といっても、建築としての郷土館はよくわからない。ステンドグラスとか内装の大理石なら少しはわかるんだけどね。研一くんは初めて?」
「ずいぶん前に、ここで写真展してたんです。アマチュアのグループなんですけど。その中に知り合いがいるので、一応来ました。5月だったかな。」

来た事ないの、僕だけか。

「ほら、このステンドグラスとか、窓のガラスも昭和初期のものなの。」
「県議事堂は大正時代からほとんど変わってないのよ。」
やよいさんは思い出したように時々説明をしてくれる。
研一は部屋ごとに写真撮影の可否を確認して、でかいカメラでパシパシやっている。
僕は僕で、この建物を建てた大工さんを想像しながら、「この石、相当重いよな。」なんてことを考えながら歩く。
「武志くん、建築士志望の立場で見るとどう?」
「どうと言われても、まだ何も勉強してないし、よくわからないですね。でも、これを自分で設計しなさいって言われたら、ぜったい無理。」
「そりゃそうよ。ところで今日はスケッチしないの?」
「今日は写真撮って帰ります。やよいさんの前だと緊張して手が震えちゃうから。」
「なんだ、武志くんも私の事好きなんだ。」

こういう場面は、笑ってやり過ごすに限る。

2時間ほどゆっくり見学して、喫茶室で軽く食事を摂り、研一は街中に消えていった。せっかくだから写真に収めたいお寺があるらしい。
僕とやよいさんは、献血ルームに直行する。やよいさんは初めてだけど、僕は2回目なので落ち着いたものだ。
「へえ、献血カードがあるんだ。」
「僕は2回目だから。やよいさんも献血終わるともらえるよ。」
「なんか、武志くんに先こされて、ちょっとくやしい気分。」

僕は年齢のために200mlの献血となる。やよいさんは200にするか400にするか迷った末、400mlにした。
「これで献血量は並んだってわけね。」
「やよいさん、大丈夫ですか?無理しない方がいいんじゃないですか。」
「係の人、ぜんぜん大丈夫って言ってたよ。体重もクリアしてるし。」
もう一度パンフレットを見直す。400mlの基準は体重50キロ以上か。
「やよいさん、50キロオーバーなんですね。」なんて、怖くて言えない。

僕の献血は前回同様スムーズに終わった。
やよいさんは、僕の2倍なので時間がかかったけど、元気に献血を終えた。献血中に係の人といろいろ話したみたいで、「次回は予約して成分献血をやるんだ。」って、かなり前向き。

前回、足立裕介さんに連れてきてもらった店で、こてこてのフルーツジュースを飲む。
「献血のあとはフルーツジュース」
というのが定番コースになりそうな予感。

「それで、武志くんはどこの大学に入るの?」
「まあ、今のところ建築科ということだけで、何も決まってないです。その建築科だって、3年の今ごろは希望が変わってるかもしれません。」
「そうよね。私だって今の大学選ぶまで、そうとう悩んだもん。」
「やよいさん、どんな風に悩んだんですか?」
「うーん、なんか、やりたいことってのが見つからなくてね。なんとなく大学は行ってみたいと思ったんだけど、将来の展望とか全然なくて。学科の選択で固まっちゃった。」
「で、最後は芸術大に決めたんですよね。」
「うん、なんていうか、まだ何も決まってない感が自分には心地よく思えて。でも芸術大でしょ?専門的にデッサンやデザインの勉強してきたわけじゃないし、受かるわけないってあきらめてたの。でも、大学のホームページ見たら「自己推薦入試」というのがあって、普通の教科と小論文、それから、与えられたテーマに沿って物語を作るみたいな試験だったから、ダメ元で挑戦したら、受かっちゃった。」
「教科って?」
「私は日本史。これだけは得意だったから。」
「ふーん、やよいさんは小さい時からバリバリの美術少女なのかと思ってました。デッサンもすごく上手だし。」
「下手ではなかったけど、本格的に勉強したのは大学入ってから。だから、高校1年で建築科に行くって決めた武志くんの方が数段上って感じかなあ。」

「ところで、やよいさんは大学卒業して、どんな仕事するんですか。」
「ノープラン! だけど、小さな町のデザインというか、活性化の授業がおもしろくて、そんな仕事ができればいいかなあって漠然とは考えてる。それがきちんとした収入になるのか、いまいち不安だけどね。なんとなく仕事ってよりボランティアの領域に近いからね。」

やよいさんは僕のより4つ年上。
4年後の自分はどこで何をしてるのだろう。

◇◇◇

家に帰って、写真をテレビに映してみる。
なかなか良い建物が身近にあるんだ。

画面に映る研一を見ながら、
「あいつは何を写真に収めたんだろう。」と思う。

手帳の今日の欄には「郷土館」「献血200」と記入した。
あまりきちんと書きこなしていない手帳。
毎日は、ちょっと続きそうにないかな。
でも、時々は見直さなくちゃ。

陸上部は基本週一は休みだから、比較的自由がきく。
次はどこの建物を見てくるか。
ちょっとわくわくする。

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小説「高1の春に」

自己紹介

縁あってたくさんの中学生と接してきましたが、まだ人生の準備運動の段階であきらめている子のなんと多いこと!そうじゃないよ。人生は中学卒業からが本当のスタートだよ。いくらでも自分自身と自分の人生を変えられるよ!
そんな思いをもってページを立ち上げた中年のおじさんです。

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