未来をより良く生きるために

19 8月 冒険②

8月12日 その2

天童を出て1時間、ゆるいけど終わりの見えない上り坂を進む。旅の相棒は、いわゆるレースタイプの自転車ではない。5段変速のごく普通の通学自転車だ。それでも行けると思ったのは、少々の坂道、いや、かなりの急坂でも走れた自信があったから。その自信が早くも崩れようとしている。

すでに一番軽いギヤを選択している。これで足が続かなければ押して歩くしかない。でもそれはいやだ。自分の力でこの峠を制覇したい。「登り切ったぞー!!!!」って叫びたい。(おそらく実際には叫ばない。)

時計は9時を回っている。計画通りひと休みする。余裕があれば休めるような場所まで走るのだが、今はそれどころじゃない。何もない民家の前の歩道に自転車を止めて給水と栄養補給だ。

 

コンクリートの上に座り込んでカロリーメイトをほおばる。乾いてるのどが水分を失い、また水を飲む。道路はいつの間にか車が増えてきた。大型ダンプを先頭に10台くらいが列をなして登ってくる。しばらくすると次の集団、そしてまた次。ダンプを追い抜けない車が付いてるだけなのに、カルガモの親子を想像してクスっと笑う。疲れてるときに妙に頭が冴えるってこういうことか。それにしても予想以上に疲れている。上まで行けるだろうか。いや、行くことはできるだろう。問題は自転車に乗って上まで行けるかということ。本当は一気に登り切るつもりだったけど、どうやらそれは無謀な挑戦だったようだ。

目標変更。「自転車に乗って上まで行く。但し、何回休んでも良い。」これなら何とかなるはず。

 

ペダルを踏んで進み、太ももに限界がくると停止。自転車にまたがったまま少し休む。そしてまたペダルを踏む。その繰り返しを何度も何度も続ける。例えるならスクワット50回を何十セットも繰り返すみたいなトレーニング。途中、ロードバイクの2人組に追い抜かれた。「頑張って!」と声をかけられたが返事もできない。自転車ってこんなに苦しいものだったっけ。なんでこんな計画立てたんだろう。やっぱ冒険って苦しい。苦しいからみんなやらないんだ。それがちゃんとわかってるからやらないんだ。実際にやってみないとわからない自分は未熟なんだろうか。

俺はすでに自分を見つけたからもう自分探しの旅には出ない。

孝弘のメールが今になって突き刺さる。深い意味なんかないのもわかってるのに、毒づきたくなる。そうだよまだ自分を見つけてないんだよこっちは。でも、自転車は押さない。休み休みながら、とにかくペダルを踏む。

 

こんな仏陀の修行のような登りも、不思議なもので終わりはやってくる。10時30分すぎに関山トンネルに到着した。

「やり遂げたぞー!!」という達成感よりも「ああ、やっとこの地獄から解放される。」という部活終了時に近い感覚。部活のない休日に部活と同じことをしてることに気づき、呆然とする。でも、今日の山場を越えたことはまちがいない。ここから仙台まではほぼ下りのロングコース。自転車旅行を楽しむのはここからだ。すでに使い物にならなくなった太ももだって、そのうち回復するだろう。

900mのトンネル通過は恐ろしかったが、その後は思った通り爽快だった。途中立ち寄った「作並道の駅」では、ロードバイクのお兄さんたちから「この自転車で峠越えたの?信じらんねー!!ちょっと乗せて。うわっ重!兄さん本物の鉄人じゃねえの。」と、わいわい褒められた。そしてペットボトル2本とパンを3個買ってもらった。差し入れもだけど、崩れかけた自尊心を修復してもらえたことがうれしかった。

 

その後も旅は順調に進み、仙台の町で多少の上り下りで頑張ったくらいで3時に目的地に到着。今日の宿は「水の森公園キャンプ場」。管理棟で受付をして、2泊分の料金を払う。管理人さんから「自転車で山形から来たんだ。頑張ったねー。」と褒められる。人に褒められたくてやってる旅じゃないけど、やっぱりうれしい。

施設やごみ分別の説明を聞いて早速テントを張る。じいちゃんが山で使ってるというテントは一人用。「作り方?そんなのあけてみりゃわかる。」となんの説明もなく渡されたけど、そんな苦労もなく30分で組み上げた。「作るのは簡単だけど、とばされないようにしっかりペグ打って、ロープ止めしておくように。」と注意された通り、しっかり固定する。

広いテントサイトの真ん中にポツンと僕の家が完成した。

キャンプと言ってもバーベキューはしない。調理器具もなし。近所の店を検索してチェーン店の牛丼屋に行く。頑張ったから今日は大盛りに卵つき。帰りにコンビニで菓子パンとコーラを調達して、これで今日の活動はすべて終了だ。

 

午後6時半。シャワーも浴びて、公園のベンチでメールチェック。

武志いーっ!!生きてるかあー?

とか、

今、どこなんだー!?

という反響には短く返信して、それからやよいさんに打つ。

仙台、水の森キャンプ場でテント泊です、明日もここに泊まります。

関山峠で心が折れそうになりましたが、今は回復してます。

自転車に乗って走ってるという行為は同じなのに、

登りと下りでこんなにも身体や心の状態が変わるものなのかって、驚いてます。

何回も「もう無理」って言いたくなりました。

でも、来て良かったと思います。

明日は、海沿いをぶらぶら走ります。

メールを打って改めて気づく。気持ちの変化がすごく大きい一日だった。登りはほんとに大変だったし、下りは楽しかった。その両方の感覚を、今静かに思い返している。これからも苦しい時や楽しい時は繰り返しやってきて、それが過ぎていくと静かに思い返している自分がいるんだろうと、当たり前の事に心が揺さぶられる。感動と恐怖が混じり合ったみたいな感覚だな。でも、こんな感覚になるのも、遠い町で一人ぽつんとベンチに座ってるからだろうとも思う。旅するって、こういう感覚を見つけるってことなのかな。もしかして、これが「自分探しの旅」ってことなの?

朋子さんからメールが来た。

武志くんこんにちは。いえ、そろそろこんばんは、だね。

やよいに来たメール見せてもらいました。

文章から想像するに、一人旅ということでいいのかしら。

そのつもりでメールします。(家族みんなで自転車の旅だったら、それもすごいけど。)

 

西野先生ほどでもないけど、私も時々手軽な山に登ります。

黙々と歩きながら、これまでの出来事を思い出したり、これからの人生を想像したり、当面の問題をさあどうしようかと思案したり、自分の器の小ささに気づいて落ち込んだり、開き直ってみたり、いろんなことを考えます。景色なんか目に入らないこともあります。

でも、私はそんなひと時がきらいじゃありません。日々の忙しさに追われて、そんな風に自分を思い返す機会が思いのほか少ないからです。悶々と悩みながらの登山でも、終わってみると「行って良かった。」と思えることも不思議です。

武志くんもきっと、自転車に乗りながらいろんなことを考えたことでしょう。それもまた貴重な体験です。自分を見つめ、自分に問いかけることから逃げない人生でありたいですね。

 

明日は海岸周辺を回るとのこと。ぜひ、震災の後、町がどのように変わったか。又は変わってないかをじっくり見てきて下さい。

 

旅の話を楽しみにしています。

次回のコーヒーは、私のおごりです。

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小説「高1の春に」

自己紹介

縁あってたくさんの中学生と接してきましたが、まだ人生の準備運動の段階であきらめている子のなんと多いこと!そうじゃないよ。人生は中学卒業からが本当のスタートだよ。いくらでも自分自身と自分の人生を変えられるよ!
そんな思いをもってページを立ち上げた中年のおじさんです。

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