4月20日
「こんにちは。」
「武志君早いね。もう授業終わったの?」
「今日は先生方の研修会で、午前授業だったんです。」
「学校はどう?」
「だいぶ慣れました。ばりばりの進学校でないし、宿題もそんなにきつくないから割とゆとりがあります。」
「部活は?」
「陸上部に入りました。中学の時駅伝選手に選ばれちゃって、その時は「こんなの二度とやるか。」って思ったんですけど、少しずつタイムが伸びる感覚が球技と違っておもしろく思えてきて。」
「すごいね。私なんか中学は吹奏楽で高校は美術部。まともな運動なんかしたことないわ。長い距離走るって、それだけで私から見たら神様みたいに見えるよ。頑張ってね。」
「はい、頑張ります。ところで朋子さん、早起きについて質問というか、悩みがあるんです。」
「その前に、続いてるかどうか聞かせて。」
「毎朝6時には起きてます。で、他の人よりひとつ前の列車で登校してたんですが、学校でぼーっとしてる時間が苦しいというか、間が持てなくて、それなら家でぼーっとしてた方がいいやって思って、結局ぎりぎりの列車で来てます。とりあえず早起きの習慣って思ったんですけど、何だかもったいない気分になっちゃって。でも、せっかく自分で掘り出した時間を、何に使っていいのかわからないんです。」
「ひゃー、かっこいい!『自分で掘り出した時間』そのフレーズもらった!」
「やっぱりそう思います?自分でもちょっと気に入ってるんです。でも、本当に何をやったらいいかわからないんです。僕の友達で、朝に宿題をやっちゃってる人もいるんですけど、そんな勇気ないし、そもそも宿題もほとんど出ないんで、ホントに困っちゃってます。」
「こればかりは正解がないものね。私なら『毎日デッサンをすれば絵がうまくなるわよ。』とアドバイスしたいところだけど、武志君はランナーだしね。」
「トレーニングも考えました。でも、朝のトレーニングはちょっときついんですよね。これから一日が始まるって時に体を追い込むのって抵抗あるし。」
「あせらないでいろいろ考えてみて。自分で考えることが何より大切よ。」
「でも朋子さん、『画用紙を広げてから描く。』は、たとえとしてはわかりやすいんですけど、実際には『やりたいことがあるから早起きして時間を作る。』という順番の方が普通じゃないですか。」
「なるほど、それもひとつの考えね。というよりこっちの方が普通よね。じゃあ、ちょっとたとえを変えてみるね。もし、ほしいものがあって、お金がないとしたら武志君はどうする?」
「お金をかせぐ、あきらめるの2つしかないですね。」
「そうよね。それじゃあ、『ほしいものがないから、お金は稼がない。』というのはどお?」
「うーん、早起きの習慣は、お金を稼いでおくのと同じという事ですね。」
「そう考えて構わないよ。でも、本当の意味はちょっと違うの。それは、人間は弱い存在だってこと。ほしいものが見つかった時に、それを叶えるために猛然とお金を稼げる人はそれでいいかもしれない。でも大抵の人はあきらめてしまうかな。『お金ないし、どうせ無理だな。』って。
やりたいことが見つかった時に、それを叶えるためにどんどん時間を作れちゃう人なら、今は何しても、何もしなくても平気かもしれない。武志君は自信ある?」
「きっと、『そんな暇ない。』って言うと思います。」
「私もそう。確かに時間は確保しても使わないとすぐに逃げていくもの。お金みたいに貯めることはできない。それでも、『自分はいつでも時間を作ることができる。』という自信が、あきらめない心と行動に結び付くと思う。
それで『まず、画用紙を広げよう。』となるわけ。」
「やっぱり、することがなくても早起きしてた方がいいんですね。」
「まあ、自分で考えてと言っても苦しいだろうから、読書してみようか。」
「本読むのは抵抗ないので、大丈夫です。中学時代もけっこう図書室に通ってましたから。」
「読書って、その人の性格や趣味を問わずプラスになることだから、習慣づけておくことは大切ね。いざ何かを始めたい、学びたいって思った時、本が読めることは力になるわよ。」
「ライトノベルでもいいですか。」
「あなたが読みたいと思った本でいいのよ。私のお薦め本もいろいろあるけど、まずは自分で考えて。本屋さんにはよく行く?」
「そういえば、いつだったか『早起きと時間管理の本』を確かめに行きました。ビジネス書コーナーなんて立ち止まったこともなかったから、なんだか違う本屋にいるみたいで、、、それで、『早起きの本』を探したら、5冊見つけました。早起きの方法なんてそんなにないと思うんだけど、あの5冊の中身って、全部違うんでしょうか。それから、『習慣』てついてる本は、もう数えきれないくらいあって、ほんとにこの本全部売れてんの?って変な心配までしちゃいました。」
「そのへんの本を買って読んでもいいけど、けっこう当たり外れがあるから最初は薦めない。もちろん最初にいい本に巡り合える可能性もあるけどね。それより、普通に図書館にある、誰でも知ってるものから読んでみるといいかも。それもできるだけ有名なやつ。有名で人気のある本は、たくさんの人が共感し愛した本であることは間違いないわけだから、読みやすくて面白い話が多いし、勉強にもなる確率も上がると思うよ。たとえば昔の本。何十年何百年も忘れられないで本屋にあるってすごいことだと思わない? それから、外国の本。他の国で書かれた本なのに、日本語に翻訳されて日本の本屋に並んでるって、これもすごいと思わない? 仮にその本がつまらなかったとしても、『多くの人はこの本に共感したんだな。』と考えるきっかけにもなるしね。まあ、このへんは私の読書歴がそうだったから自分に都合よく喋っている気もするし、話半分で聞いてね。一応誤解のないように言っとくけど、日本の小説も大好きよ。
人によっては『人が考えた小説なんかに無駄に時間を使わず、伝記や有名人の思想を書いた本を読みなさい。』と言ったり、『詩こそ、何よりもまず読むべきものだ。』とか『上等の文学こそ最高の芸術だ。』と言い切る人もいるし、いろいろな考えがあるわね。正直私には理解できない考えも多い。
あら、自分で考えて、なんて言っといて、ちょっと喋りすぎたかな。」
「でも、朋子さん、本の題名一冊も言ってませんよ。」
「ホントだ。でもこれ以上喋り続けると、あれ読めこれ読めって出てきそうだから、止めとく。」
「一冊だけ紹介してもらえませんか。」
「・・・・・困ったな。というよりプレッシャー感じるなあ。純粋に『これ面白かった。』って言っちゃえばいいんだろうけど、『この本は武志君と相性いいかな。』なんて余計なこと考えちゃいそう・・・。」
「朋子さんが面白かった本でいいですよ。」
「それでもプレッシャーなんだな。少し時間ちょうだい。考えておく。
でも、武志君も自分で一冊選んでおいて、それを先に読んでて。せっかくだから、武志くんが選んだ本教えてね。私が進める本と同じってこともないでしょうけどね。」
◇ ◇ ◇
「ねえ父さん。僕にお薦めの本を一冊選んでって言われたら、何の本にする?」
「1000時間の次は本か。武志なんだか『考える人』になったみたい。おーい母さん、武志が考える人になっちゃったぞおおおーーっ。」
「だからあ、そうやって茶化すのやめてよ。」
「いやーごめんごめん。しかしこれは1000時間に匹敵する難問だな。100万人の美少女集団から武志のガールフレンドを一人選ぶより難しい。」
「どんな妄想してんのよ。100万冊も読んでないでしょって。」
「うーん、『あなたに与えられた1000時間の正しい使い方』。そんな本ないか。なら父さんが書いてやるか。『考える人になっちまった武志』。うん、いい題名だ。これも父さんが書いてやる。直木賞とか取っちゃったらどうするおい。いや、怒られる前に真面目に考えよう。父さんが武志くらいの時に感動した本だよな。うん。結構図書館に通った。あの時の本ねえ・・・」
ビールを飲んじゃった父さんに聞いたのがまちがいだった。でも、飲んでも飲んでなくても、あんま変わんないんだよな。
「今じゃなくていいよ。そのうちで。」
「よしっ、まかせとけ。」
一冊選ぶって、けっこう大変。もし、美紀から「私の人生を楽しくするために、本を一冊紹介して。」なんて言われたら、ぜったい無理。そう考えると、朋子さんのプッシャーもわかる気がしてきた。
まずは明日の昼休み、図書室に行ってみよう。