12月5日
「朋子さん、こんにちは。」
「武志くんいらっしゃい。家族にご馳走したすき焼きは、どうだった?」
「はい、おかげさまで大好評でした。」
「それは良かったわ。で、今日は何にする?」
「ブルーマウンテン、お願いします。」
「ちょっと高いけど、大丈夫?」
「高いから、一度飲んでみたかったんです。やっぱりおいしいんでしょうね。」
「日本人好みのコーヒーと言えるかな。ジャマイカの山間部で作られてる最高級品。急斜面で栽培するから、ほとんど手作業なんだって。だから、そんなに数は取れないの。ジャマイカの農家さんの事を考えながら飲んでね。
苦みはほどほど。酸味と甘みのバランスが良くて、香りも抜群。私もいくつかの豆をブレンドして、これに近い味は出せるけど、香りはかなわない。」
「朋子さんの話聞くと、ワクワクしてきます。」
「頑張っておいしく淹れるわね。」
喫茶店で初めて飲むブルーマウンテン。それは、とっても薫り高く、すっきりとしたコーヒーだった。でも、本当にそうなのか、説明を聞いたからそう感じたのかは、わからない。味おんちかも。
「朋子さんは、黙ってコーヒー出されて、豆の種類ってわかります?」
「ちょっと難しいな。若い喫茶店仲間とゲーム感覚でやることもあるけど、豆の種類だけじゃなくて、焙煎の状態や、どんな方法で淹れたかによっても味は変わるしね。」
「朋子さんでもそうなんだ。」
「コーヒーも、奥が深いのよ。」
◇ ◇ ◇
「ところで朋子さん。ひとつ質問があるんですけど。」
「なあに?」
「お金のことなんです。生きていくというか、生活に必要なお金って、いったいいくらなんだろう、ということを考えているんです。」
「うーん、お金かあ・・・。お金の話って、家族でも友達の間でも、タブーになっているような気もするね。あまりに生々しいことだからね。」
「高校生から、お金の心配してどうするんだって言われそうだけど、大切な事なのに何も知らないのもどうかと思うんですよね。」
「たしかに。でも、人によって必要なお金はまったく違ってくるからね。武志くんが将来どんな生き方をしたいかにかかっているかな。」
「自分の将来も決まらないのに、必要なお金が決まるわけないですよね。」
「でも、それじゃ何も勉強にならないから、高校の3年間、いくらかかるのか考えてみたら?それから、大学に行くとしたら、4年間でどれくらいかかるのかってことも。お金のイメージが具体的になるかもしれないわよ。」
「そういえば、高校の授業料、いくらだったかな。入学願書で読んだけど、忘れちゃいました。」
「そこは、家でしっかり聞いてみることね。大学の費用に関しては、裕介の話を聞くといいよ。彼ね、奨学金と自分のバイト代で大学卒業したんだよ。少しは親に出してもらったようだけど、それは借りたので全部返済したって。」
「足立さんて苦労人なんですね。いつもの雰囲気からは想像つきませんでした。」
「ほら、知ってる人でも、全てを見せてもらってると思ったら、大間違いよ。」
「ひとつ大切な事を話しておくね。お金ってすごく大切だけど、それは目的ではないということ。武志くんがやりたいことをしたり、行きたいところにいったり、欲しいものを手に入れたり、そんな目的を実現するため、又は効率よく進めるためにお金があるということ。」
「使わないと意味ないってことですよね。」
「まあ、そうね。でも武志くん、貯金も大切だからね。」
「そこはわかってるつもりです。って言っても、ほとんど貯金ないですけど。」
「それから、お金のトラブルっていうのもかなり多いという話。億万長者の遺産の争いとかじゃなくて、もっと身近な問題らしいよ。だから、友達とお金の貸し借りも、絶対にしない。」
「そういえば、いろんな詐欺とか強盗とか、ぜんぶお金ですね。」
「それだけ大切なものってことかな。複雑な気分だけど。」
「ところで武志くん、これ見て。」
「募金箱ですよね。」
「そう、募金箱。人のために募金するということ、大切よね。でもね、いろんな人の話だと、世の中で成功してる人で、小さいころから募金してた人がけっこういるんだって。何が成功かって問題もあるけど、ここでは事業を成功させてお金持ちになっちゃった人としようか。お金を稼ぐ人は、それだけお金を寄付していたという事実をどう思う?」
「お金持ちだから、たくさん寄付できるってことですよね。」
「話をよく聞いて。『小さい頃から』なんだって。小さい頃は自分の小遣いの10%を寄付していた。大人になって収入を得るようになったら、その給料の10%、大金持ちになっても、やっぱり10%。これってすごいよね。」
「あんまり実感わかないですけど、10億円の収入がある人は1億円寄付しちゃうってことですか。」
「ほんとにそうしてるかどうか確かめたこともないけど、割と有名な話よ。実はこの話、西野先生から聞いたの。12月の終業式の日にね、『お年玉の10%を募金に回しましょう。』なんて言うわけ。そんなの絶対無理って思ったし、そんな寄付するつもりもなかったけど、『大金持ちになる人の習慣らしいぞ。なりたいものがあったら、その真似をするのが一番の早道だ。お金持ちになりたかったら、お金持ちの真似をすればいい。彼らが若い頃に10%の寄付をしてたんなら、マネしたらいいじゃない。これでホントに大金持ちになったら、安いもんじゃないの。』なんて言われると、ちょっと気持ちが動いたわね。」
「それで、10%の寄付、したんですか?」
「してない!クラスの誰もしてない。新年になって、クラスで話したもん。『あんな寄付、するわけないよねー。』ってね。」
「そうですよね。1万円もらったら、千円ですからね。僕もしないと思う。」
「そうよねえ・・・だけど、こうも考えられるよね。
誰も億万長者の真似をしなかった。だから、だれも億万長者になっていない。」
「まあ、それはそうとも言えますけど・・・」
「武志くん、やってみたら?」
「しません!」