11月4日
「朋子さん、こんにちは。今日は友達と一緒に来ました。」
「こんにちは。坂野研一といいます。」
「はじめまして。これから御ひいきにしてね。」
「えっと、何たのもうかな。」
「注文の前にこれ見て。期間限定の新メニュー。」
「これって、元がとれるんですか?」
「損はしないよ。でも、客が高校生だけだと生きていけないかな。これでうまくいくかどうか、とりあえず期間限定で試してみるね。」
「研一、コーヒーと紅茶、どっちにする?」
「コーヒーいただきます。」
「コーヒー2つでお願いします。」
「はい、かしこまりました。」
「ところで、足立さんの模範解答、見たいんですけど。」
「早いわねー。あれ、結構大変だったんだよ。見せるのもったいないなー。」
「足立さんが作ったんですよね。」
「実は二人の共同作品。メールで添削したり付け足したり、4回書き直したのよ。もっとも、最初の文章は祐介のものだから、彼の作品と言ってもいいかな。」
「ぜひ、見せてください。」
「はいはい。ちょっと待ってね。」
「今、作品て言ったよな。」
「うん、そう言った。」
「はい、これが模範解答、と言いたいところだけど、自由に書いていいんだから、模範なんてないよね。解答例、かな。」
「うわー、5枚もあるんですか。」
「祐介って、こういうとこ凝り性なんだよね。」
足立さんの『解答例』は、非常に細かい。名前、家族、性格、趣味、いろんな要素が入っている。しかも、思いもよらない設定になっていた。
「名前、直美だよ。これってありか?」
「この写真、過去なんだ。45歳のおばさんの話になってる。」
「これ、映画のセットだったんだ。」
「足立さん、なんかぶっ飛んでるね。」
「裕介ね、『想像もつかない設定にしないと意味ない。』とか言っちゃって、かなり頑張ったよ。私もね。」
「これ、いつからやってたんですか?」
「10月のはじめ頃だったかな。裕介が『武志くんの次のテーマ、これにしようよ。』って言い出して、二人で準備してたの。裕介ったら、『早く11月なんないかなー。』なんてそわそわしちゃって、なんだか可愛かったよ。」
「これ、おもしろいですね。」と、研一。
「僕、4行しか書けなかったんですよ。でも、研一はその場でスラスラ物語作っちゃって。ぼくらの中ではこの子の名前、ワンビーだったんです。」
「ワンビー、意味わかんないけど、かわいい名前ね。」
「おひさまっていう意味になってます。」
「素敵!研一くん、センスあるね。」
「いえ、何となく思いついたまま喋っただけで。 ところで、この宿題って、どんな意味があるんですか?」
「そうね、それを話さなくちゃね。」
◇ ◇ ◇
中学校のクラス替えを思い出して。
クラス替え直後の気持ちって、「前のクラスの方が良かった。」って思わない?
私も感じた。前のクラスに比べると、なんか楽しくないっていうか、さえない感じね。
男の子も、なんとなくパッとしないなあ。かっこよくないしなあ。なんてね。
でも、だんだんクラスに慣れてきて、3学期になると、あれだけさえないと思ってた男子が、妙にかっこよく思えて、「このクラスの男子、いいじゃん。」と変化して、で、3年になると、クラス内でカップルができちゃったりするわけ。
これはどうしてだろう。
考えてみれば当たり前の話で、名前も知ってるし、どんな性格かも知ってる。今まで一緒にいたから、なんとなく他人よりは親近感がわく。つまり、その人を知ることによって、プラスの感情が育っていくのね。
もちろん中には例外もあって、いやな面を見せつけられて、ますます嫌いになることもないわけじゃないけどね。
じゃあ、もうひとつの写真を見てもらおうか。」
「また黒人の女の子ですね。」
「この子より、ワンビーの方がいい子に思えてこないかな。」
「いい子かどうかはともかく、ワンビーの方が何となく好きかも。」
「それが自然な気持ちよ。だって、短い期間だったけど、二人ともワンビーと一緒にいたんだもん。
今月のテーマは『違う角度から考える』。
その第一歩は、いつもとは違う視点で物事をとらえること。
人を見るとき、ただ何となく大勢の中の一人だと、その人に対する優しさとか、大切にしようとする気持ちが湧いてこない。
だけど、その人の物語を考えることで、プラスの気持ちがぐんぐん育ってくる。
ねっ、おもしろいでしょ?」
「朋子さんは、時々こんな風に物語を作ってるんですか?」
「小さな喫茶店だけど、初めてのお客さんも時々来てくれるの。一人でいらっしゃるお客さんだと、何してる人なのかなあ、近所の人かな、出張で来た人かな、なんて勝手に物語に入っちゃうこと、あるわよ。」
「足立さんもですか?」
「裕介はね、時々テレビでインタビュー受けてる人の、その後の行動を妄想するって。」
「やばい、くせになりそう。」
「研一って、妙なところに反応するね。」
「たとえば、たまたま入った店のレジで、『おい、もっとぱっぱとしてくれよ。急いでんだ。』と文句を言ってた男性がいたとする。『つまんないとこで大声出して、バカみたい。』って思って当然よね。でも、その時に『この人、もしかしたら学童保育に預けてる子供を迎えに行くところなのもしれないな。その子はとっても寂しがり屋で、お帰りの時間にはずーっと時計を見ながら、「あと〇分でお父さん来るよね。」なんて保母さんに話してる。時間に遅れたら、もう悲しくて悲しくて、ぐっと我慢しようとしても涙が出てくる。お父さんはそんな娘のことをよく知ってるから、何とか遅れないように必死なんだ。でも、車に乗ってから、さっきはレジで文句なんか言って申し訳なかったなって反省している。』なんて物語を作ってやると、『おじさん、次は気をつけてね。それから車で急ぎ過ぎて事故を起こさないように。そんなことになったら、娘さん泣いちゃうよ。』と思うわけ。こっちの方が、気持ちが前向きになれるかな。」
「でも、なんだか悪い人を簡単に許しちゃうみたいで、ちょっと抵抗もあるっていうか、簡単には怒りが収まらないかもしれません。」
「私もそういうこと、多いよ。
でもね、私が怒りの感情を出しても、誰も得しないんだよね。それよりも、自分の気持ちをコントロールした方が楽しい人生になるかなあ。もし、相手に言葉をぶつけたり言い込めたりすることですっきりするような性格だったら、性格の方を直すべきね。」
そういえば、「楽しい人生」がテーマだった。
「目に見えない部分を想像することって、とっても大切。コーヒーを飲むとき、豆の生産者に気持ちをむけたり、このテーブルを見て、木が育っていた土地から木こりさん、製材屋さん、家具職人のことを考えたり、別に考えないならそれで済むことだけど、どっちが素敵な人かな。目に見えない部分だから、想像したことが正しいとは言えない。でも、見えないところを見ようとする姿勢、いいよね。」
目に見えない部分が見える人。表面に出てこない別の部分を見ようとする人。
たしかに素敵かもしれない。
いつも不機嫌な先生も、家庭で笑ってるんだろうな。
毎日笑わしてくれる友達も、ひとり悩むことだってあるかもしれない。
いつもふざけてる父さんだって、会社で真面目に会議なんかしてるだろう。
あの和子だって、ファッション雑誌見てハート目になってるかも・・・いや、それはない。それはないなんて思う事が僕の先入観かもしれない。でも、ぜったい無い。
◇ ◇ ◇
「おれ、朋子さんの言ったこと、けっこう実感できてると思う。」
「研一は、物語の天才だし、そうだろうね。」
「いや、そうじゃなくて・・・
おれさ、趣味が趣味だから、年寄りと碁を打ちながらいろいろとお喋りするわけ。昔は年寄りっていうと、「みんな同じ。」っていう感覚だった。ちょうどさあ、セミとかトンボ見ても違いがわからないのと一緒。でも、実際付き合ってみると、みんな性格違うんだよね。そりゃあたり前って言ったらそうなんだけど、それまで、顔もなんとなく似てて判別できなかったのが、『あっ、鈴木さん、こんにちは。お願いできますか?』なんて、ちゃんと相手を識別できるようになるんだ。この感覚が、朋子さんの話したことと一致するような気がするんだよね。」
「なんか、深いな。」
「深いかどうかはわからないけどね。」
「そう言われれば、僕も似たような感覚あるかも。最初研一を見た時、『こいつ時々休んでるけど、ホント大丈夫なのかなあ。気持ち弱いんかな。』って思ったけど、いろいろ話してみると、ぜんぜん印象変わった。お前くらい知り合う前と後でイメージがらっと変わるやつ、そうそういない。」
「ほめられたことにしとく。」
「ほめたんだよ。」