9月14日 シエロ
「この間話したクラスメート、今日ちょっとタイミングよかったんで声をかけてみました。」
「なんて話したの?」
「たまたま学食で前に並んでたんで、『一緒に食おう。』って声かけて、それで『よく休むけど身体弱いのか?』ってまっすぐ聞いたんです。」
「直球勝負だね。それで彼は何て?」
「身体は悪くないけど心が弱いって、そいつも直球勝負で答えが返ってきたんです。それで、心が弱いって自分で言う人初めて見た。もう少し詳しく教えてって頼んだら、すごい勢いでべらべら喋り出して、昼休み終わるまでずーっと話聞くことになっちゃいました。」
「どんな話だった?」
「それが、どうやらこっちが心配したような感じじゃないんですよ。そいつによれば計画的に休んでるから、いきなり不登校にはならないという話。サラリーマンに有給休暇があるのと同じだって。」
「おもしろい子ね。なんだかその子の話、直接聞いてみたくなった。」
「実際、すごいやつなのかもしれません。いろいろ聞いてみると勉強も僕よりできるみたいだし、趣味もいろいろ持ってるんです。学校休んでも、そいつは家で寝てるんじゃなくて町に出て写真を撮ってるとか、地区の囲碁クラブに所属してて、じいちゃんたちと対戦してるとか、僕にはないいろんな世界を持ってるんだなって。こいつなら時々学校休むのもありだなって納得です。」
「ますます興味ある。名前何て言うの?」
「坂野研一。」
「坂野くんね。今度連れてきて。」
「誘ってみますけど、あまり期待しないで下さいね。」
「学校休むのは良いこととは思わないけど、自分の世界を持ってる人っていいね。」
「そう思います。彼と話をしないと、きっと『心の弱いやつ。』っていう先入観しか持たなかったと思います。助けてあげようなんて思って損したかも。」
「でもね、仮に損したとしても、声をかけて話を聞いたからわかったことでしょ。これって損だとは思わないよ。それに坂野くん、もしかしたら武志くんに救われたのかもしれないよ。」
「よくわかんないけど、とりあえず面白いやつなんで、時々話をしようと思います。」
扉の鐘がカランと鳴り、やよいさんが入ってきた。
「あれー武志くん来てたんだ。久しぶり!大冒険を終えて、心身ともにたくましくなったかな?」
「そんなすぐに変わらないですよ。でも、ちょっとだけ成長したような気がします。」
「少なくともデッサン力は成長してる。頑張って続けてるし、偉いぞ。朋ちゃん、カフェオーレにケーキ。あっケーキは何でもいい。おまかせで。」
「やよいさん、今大学終わったんですか?」
「えへん、まだ夏休み中であります。」
「えーーーーーーっ、大学の夏休みって、そんなに長いんですか?小中高と同じかと思ってました。」
「どーだ、参ったか。といっても、8月第一週まで授業あったし、夏休みもいくつかの集中講義というか、教授の手伝いなんかもあって、実際に休みに入ったのって8月20日過ぎだけどね。」
「教授の手伝いって、何するんですか?」
「一応授業なんだけどね。うちの教授が山奥のある村の活性化なんちゃらの顧問になってて、いろいろなイベントをそこで企画するの。今年は『村の全部が美術館』ていうテーマで、あちこちにモニュメントやら遊具やらを設置したわけ。その作品制作が授業になってて、グループで作品作って単位がもらえるという仕組み。」
「それで、村の活性化には貢献できたの?」
「うん、夏休み中だから、子ども連れが見に来たりして、結構にぎわったよ。」
「やよいは、地域のために活動してきたってことね。」
「まあそういうこと。村にはお客さんが来るし、教授は顧問としての役割も果たしたことになるし、私たちも、知らない土地で結構楽しく活動して単位がもらえるし、関わった全員が得した活動よ。最後の言葉は教授の口癖だけどね。」
「やよいって、いつもビックリするくらいタイムリーな人間ね。実は武志くんの9月のテーマが『人のため』なの。今の話、すごく良かった。」
「そうなんだ。今までと雰囲気違うテーマだね。今までは『自分自身の成長!自分が楽し人生を送るために!』っていう雰囲気だったのにね。」
「今、やよいが言った『関わった全員が得した活動』が重要ポイントよ。人のために行動して、結局それが自分の成長や人生の充実につながってるなら素敵ね。」
「なるほどね。それなら私、もうひとつやってる事あるよ。児童福祉施設に行って、勉強を見るボランティア。一日3時間くらいだけどね。」
「それ、どれくらいの期間やってるんですか。」
「えっと、8月16日から20日までの五日間。」
「やよいさんて、すごい人なんですね。」
「いやいやいや、うちの大学生は大抵何かやってるし。」
「大学生って、いろんな活動ができて楽しそうですね。」
「うん、高校時代より楽しいよ。武志くんと初めて会った日、朋ちゃんが『大人は楽しい』って話したの覚えてる?あれ、やっぱり間違いないみたいね。」
「やよいのやってる活動って、お金の寄付じゃなくて、やよいの時間を寄付するボランティアだね。」
「確かに。村のオブジェ制作も、子どもの家庭教師も、私の時間をあげてるわけだし。」
「たけしくんも今日、結構大切な『人のための活動』をしてきたようだし。」
「えっ、武志くん何やったの?」
「友達に声かけただけです。」
「うおーっ、もし、その子がいじめられてる子だったら、とてつもなく大きな人助けだよね。」
「声かけただけでも人助けって認められるんですね。」
「当ったり前じゃない。大抵の人は誰かとつながりたいと願ってるわけだから、つながってあげること自体すごいボランティア。うーん、ボランティアっていう言葉は、適切でないか・・」
「やよいの言う通りだわ。私もそう思う。」
「でしょ? せっかくだから、村の美術館プロジェクトの前に教授が話したことを教えるね。
その村のために何ができるか、何をしたいかと思う前に、その村が何をして欲しいのか考えること。いくら善意でも押し売りはいけない。でも、何が欲しいか考える前に、その村がどういう状態なのか知ることがスタートになる。
もうひとつ大切な事。それは、村を愛すること。好きになること。そのタイミングはいつでもいい。村が好きだから知ろうとするも有り、知ったら好きなったもOK、自分が関わったからその村が忘れられない存在になったでも良い。その村に対する愛が活動の根底になくちゃいけない。 これは、一人の人間との関りでも同じ事。 |
ね、結構いい言葉でしょ?」
「いい言葉ですね。ちょっとメモします。もう一回お願いします。」
「ちょっと、2回同じ事話すのって、結構大変なんだからね。」