未来をより良く生きるために

21 8月 冒険④

8月14日

6時起床。テントから首を出すと、雲一つない青空が広がっている。今日は峠を越える日。本当は曇り空か、小雨でもいいくらいと思っていたが、天候に恵まれ過ぎた。暑くなりそうだ。

いつもと変わらず10分間のデッサンをする。今日のテーマは公園のベンチ。木の質感や木目が難しい。それでも1か月も続けただけあって、形を決めるのは上手になった気がする。描いてる途中で「うわー、だめだ。」と自己嫌悪する頻度も減少している。このまま3年間続けたらどんない上手くなってるんだろうって、今から楽しみ。まだ続けるって決めてないのに、ちょっと気が早いな。

早くもテントからはい出して遊んでいた子供が「何してんの?」と近づいてくる。「お絵かき。」と答えると、「やりたーい。」とさらに近づいてくる。仕方ない。クロッキーブックから1枚切り離し、鉛筆も貸してあげる。鉛筆2本持ってきて良かった。もう一人子供が来たらどうしようかなどと不安になりながらも、15分で完成。となりで子どもが描いた動物も写真に撮ってやった。やよいさんに2枚送ってやろう。

「あらあら、ご迷惑かけてすみません。さとくんだめじゃないの。」

「いえ、大丈夫です。」

「お兄さん美大生なの?」

「いえ、その卵の卵くらいの高校生です。」

「でも、キャンプ場で絵を描いてる人、めずらしいわね。」

「一応毎日の習慣なんで。」

「えらいね。将来すごい画家になってるかもね。」

「ありがとうございます。」

一人旅ってもっと孤独かと思ったけど、意外にいろんな人と話ができておもしろい。これも、旅の発見のひとつ。

テントを撤収し、昨日買っておいたパンをかじり、7時半に出発。荷物を積んだ分、昨日より自転車が重い。でも、昨日の行程が楽だったから疲れもない。快調な滑り出しだ。ゆるい下り坂を駆け下り、仙台の街中を通過し、直後に始まった登りにも負けずに進む。途中、釜房湖で休憩。家族で何度も遊びに来た湖畔公園に1人自転車でやってきたことがうれしい。登りがきつくなり、なかなか進まなくなってからも、「何度休んでも、とにかく自転車に乗って進む。」と決めたルールを守って頑張る。いくら時間がかかっても、このリズムで完走できる、いや、完走する。

 

その時は、心からそう思っていた。

 

笹谷トンネルは自動車専用である。故に、自転車は峠を越える旧道を進まなければならない。その分岐点にやってきた。高速道路に乗る車は左折し、自転車と、敢えて峠を越えたいもの好きの車は直進する。その直後から、勾配がきつくなってきた。

ここまでも、けっこうな登りだった。それを汗だくになってクリアしてきた。しかし、疲労が蓄積し始めた足は、すでに長時間のペダルに耐えられなくなっている。自転車にまたがり必死で漕いで数百メートル、止まって休んで再び200メートル、また立ち止まり、今度は100メートル。一度に走れる距離がどんどん短くなる。そして、いくら漕いでも数十メートルしか進めなくなった。

 

見上げれば、曲がりくねった道は先が見えず、どこまで続くのかわからない。前方の山はまだまだ高く、相当の距離があることだけは理解できる。しかも、ここから見える一番高いところが最高地点とは限らない。このペースで漕いでは休みを繰り返したら、いったい何時間かかるだろう。

 

ちょっとした絶望感を感じながら、僕は自分のルールを変更した。

「自転車を押してもいい。とにかく登り切ろう。前に進もう。生きて家に帰ろう。」

大げさだけど、本当にそんな気分で自転車を押す。普通に歩くよりずっと遅いけど、じわじわと峠に近づいているはずだ。頑張れ自分。

朝と変わらず雲ひとつない青空。暑い。すぐのどが渇く。立ち止まってペットボトルに口をつけると、そのまま500ml飲み干しそう。水が足りるかどうかも心配になってきた。ここは計画的に給水しないとやばい。ここで脱水症状とか熱中症になったらほんとに危ない。その時は助けを呼ぼう。でも、こんな山の上で電波は届くのか?・・・くそう、完全に圏外。そういえば、旧道に入ってから一度も車が来ない。

暑い、水飲みたい。残りはペットボトル1本半。さっき飲み過ぎた。目の前の山はまだまだ高く深い。頂上まで何時間かかる?2時間? そうだとして、30分にコップ1杯ペースか。辛い。やばい。ほんとに大丈夫か?

 

その時ふと、ある考えが浮かんだ。「そうか!だめなら戻ればいいんだ。最後の水を飲み切った時にまだまだ登りがあるなら、悔しいけど下ろう。旧道の分岐点には自動販売機があった。そのすぐ下には温泉もある。キャンプ場もあった。あそこでもう1泊して、明日再挑戦すればいい。その時は水をたっぷり持っていこう。へへっ、我ながらいいアイディア。これで残りの水を気にすることなく登っていける。」水をグイっと飲む。残りはペットボトル1本。何とか持ってくれるといい。できるなら、こんな苦しい登りは一回で終わらせたい。あのカーブを過ぎたら峠にならないだろうか。あの高い山が峠でなく、実は見えてない谷があってすぐ下りになるのではないか。30分もすると、風を切って山形盆地に下っているのではないか。いや、根拠のない期待はやめよう。とにかく進む。水か切れたら戻る。シンプルにやっていこう。

 

神様がいた。

 

いや、ほんとうに神様がいると信じた。湧き水があったのだ。

 

何十回曲がったのか見当もつかなくなった頃、道路の端から水が出ているのを見つけた。塩ビパイプの先から多量の水が注いでいる。そばには日本酒のコップがひとつ。これはどう見ても飲み水だ!念のためコップに水を注いでみる。完全に透明な水。しかも冷たい。ごくりとひと口。

うめえーーーーーーーーーーっ!!!!

コップに水を汲んでは胃袋に叩き込む。もちろんペットボトルにも満タンに補充する。飲み終わったボトルを捨てないで良かった。(というより、捨てる場所がここまでなかったのだ。)これで大丈夫。きっと峠を越えられる。もちろんまだまだ時間はかかるだろう。でも、自分には2リットルの冷たい水があるのだ。しかも胃袋の中にも1リットルは入ってる。

後頭部を注ぎ口に向けて、しばし水を浴びる。今までの暑さがうそのような爽快感。よし、もう大丈夫。でも念のためもう一杯飲む。やっぱりうめえーーー!!

 

それからきっちり2時間かかり、僕は峠を越えた。もちろんほとんどの行程を歩いて。

 

◇ ◇ ◇

 

「ただいまあーーーーーっ!!」

「おかえり!うわー、また一段と焼けたね。毎日外で走ってても、焼けるものなのね。」

「うん、特に今日は日光がきつかった。」

「すぐシャワー浴びたら?」

「ちょっと待って。少し休ませて・・・もう一歩も動けないって感じ。」

「なんか飲む?」

「さっき自動販売機でコーラ買って飲んだけど。ぜんぜん足んない。」

「コーラもあるよ。」

「ありがとうございます!感謝します母上様!」

「で、冒険旅行はどうだった?予定通り進んだ?」

「うん、予定以上。かなりいい旅だったと思う。でも、自転車で山越えるの、そこは予想以上にきつかった。」

「それは良かったね。正直、ふらふらして事故に遭わないか心配だった。」

「そこは大丈夫だったかな。命に関わることには慎重だしビビり屋だからね。」

 

◇ ◇ ◇

 

朋子さん。

無事帰ってきました。最終日は想像以上にきつくて参りました。でも、自分ではすごくいい経験だったと思ってます。

3日間を終えていろいろ感じることがあったけど、今はメールを打つのも苦しいくらい疲労しています。かなり早いですがお休みなさい。やよいさんによろしく。

武志

続きを読む

スポンサードリンク

小説「高1の春に」

自己紹介

縁あってたくさんの中学生と接してきましたが、まだ人生の準備運動の段階であきらめている子のなんと多いこと!そうじゃないよ。人生は中学卒業からが本当のスタートだよ。いくらでも自分自身と自分の人生を変えられるよ!
そんな思いをもってページを立ち上げた中年のおじさんです。

PAGETOP
Copyright © 2018 がんばれ高校生 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.