5月2日
「で、「羊と鋼の森」はどうだった?」
「読みはじめたら一気に終わった感じです。ピアノの調律師なんて音を合わせるだけの単純作業かと思ってたけど、深い世界があるらしいことは伝わってきました。こんな職業もいいなあって少しだけ思っちゃいました。
でも、朋子さん紹介の「ソフィーの世界」は、かなり先になりそうです。今緊急事態なんですよ。入学してすぐやられたテストが返ってきて、それが悲惨な結果。今まで呑気だった先生も、「ゴールデンウイークで取り返すように!」なんて気合い入っちゃって各教科から宿題も出てきたし。でも「これくらいの量の宿題は、連休中に十分やれるはずです。」なんて5人の先生から言われたら、とっても無理ですよ。しかも5月末には最初の定期テストが迫っているし、すごく憂鬱な気分。」
「あははは、それは大変。でも、頑張ってねとしか言えないな。」
「朋子さん、高校の勉強ってほんとに必要なんでしょうか。自分で高校入るって決めてて言うのもなんだか卑怯な気もするんですけど、世の中の大人って、高校の内容なんて忘れててもしっかり生きてますよね。」
「あなたのおじいちゃんなら、何て言うと思う?」
「やめてもいいよん。なんて言いそうですね。いつだったか『武志、一緒にオーストラリアに宝石掘りに行かんか?大金持ちになれるぞ。』なんて冗談飛ばしてましたし。」
「わかるわかる。先生らしい。でも私達が中学生の時、西野先生からどうして勉強するのかって話を聞いたことがあったの。」
「将来のため、てことじゃなくてですか?」
「まあ、将来のためとひとくくりにすれば、その通りね。でも、それは私の将来というより人類の将来のためっていう壮大な理由だったの。今思い返すと、先生に言いくるめられた感じがするんだけど、その時は妙に納得しちゃった。」
「どんな話でした?」
「うーん、ここは直接西野先生に聞いてみて。内容は覚えてるけど、同じように話す自信ないな。」
「わかりました。久々にじいちゃんの様子を見てきます。」
「ところで、宿題はちゃんとやれそう?」
「3日に大会はありますけど、4日5日は休みなんで、たぶん大丈夫です。でも、しょっぱなから英語で躓いちゃって、苦戦してます。簡単に覚えるコツとかないんでしょうか。」
「今度本屋さんに行ったら、英語のコーナー覗いてみるといいわよ。何百という本が並んでて、「10日で完璧」だの「2週間でやり直し」だの「○○メソッドでらくらくなんとか」だの、どれも魅力的に見えるけど、それだけ本があるってことは、簡単な方法はないってことじゃないかな。やっぱりこつこつ努力するしかないんじゃない?早起きして掘り出した時間を活用すれば?」
「時々、中学の同級生に駅で会うんですけど、その子も「時間があったら英語の勉強する。」って言ってました。でも、彼女の場合は毎日の宿題が半端なくて、それどころじゃないみたい。」
「恋人?」
「ちがいますっ!」
一瞬、和子とデートする自分を想像した。和子が決めたコースをただ付いていく自分。いやいや、それはない。
「私ね、西野先生に感謝してることがひとつあるの。それは高校受験の時に数学が劇的に良くなったこと。たしか3年の10月だったかな。進路相談で担任だった西野先生に『数学がどうしてもダメです。』って言ったの。そしたら先生、私にひとつの宿題を出したのよ。それは、『毎日一問だけ数学の質問をすること。家で数学の問題を解いて、答え合わせして、答え見てもわからないところがあったら、それを次の日に質問する。もし、最初の一問がわからなかったら、その夜の勉強はおしまい。でも、質問するものがなかったら、それが出てくるまで10ページでも20ページでも続けること。』ということ。つまり毎日数学の先生のところに行けということなの。」
「それ、続けたんですね。」
「そう、わりと素直な生徒だったから頑張って続けた。数学の先生が都合つかない時は西野先生に行くことも多かったけど、とにかく続けた。そしたら、1月ころになって少しずつ結果が出てきたというか、苦手意識がなくなってきて、実力テストでも良い点が取れるようになったの。あの時は、先生の言うこと聞いて続けて良かったって心から思ったわ。」
「質問、いいですか。」
「もちろん。」
「質問することがなくて、ほんとに10ページも問題解いた日ってありました?」
「ない! 受験は5教科だし、そうそう数学だけやってられないから、2、3ページやってみて一番わからなそうな問題を聞きに行くって感じだったかな。あれっ、あんまり素直な生徒じゃなかったね。」
「でも、3か月以上続けたんですね。それってすごいですね。」
「そう、たぶんそれが私の最初の成功体験。それからこの年までいろんな経験と挑戦をしてきたけど、『ちょっとずつでも決めたことを毎日続ければ、きっとうまくいく。』という気持ちっていうか哲学が今の私を作ってるっていえるかな。だから、西野先生には感謝してる。」
じいちゃん、普通に先生してたんだ。なんだか、見直しちゃった。