6月5日
「おはよう和子。」
「武志おはよう。修行は進んでる?」
「修行って何よ。普通に高校生活満喫中だけど。」
「あれ?修行やめたの?」
「いや、それなりに勉強してるよ。でも修行ってほど大変でもないし、まあ、ゆっくり楽しく成長しようとは思ってる。」
「自分を成長させられる人って素敵だね。それで、今はどんな修行、じゃなくて勉強中なの?」
「無理って言わないこと。」
「ふーん、もう少し話して。」
「聞いたばかりで、話せる内容も少ないんだけどね。無理って言葉にしちゃうと本当に無理になるということらしい。」
「なるほどね、それは私も感じたことがある。試合で大量リードされてもう無理かなあって思う時でも、チームの中では絶対に言わないもんね。言葉に出したら本当にそうなっちゃうような恐怖感は確かにある。監督からも弱気になったら負けだ、なんて言われるしね。」
「僕も長距離の練習で、もうだめだって思っちゃうとそこからずるずる遅れ出すことがある。」
「無理とかだめだっていう言葉は、少なくともスポーツ界では『言ってはならない言葉』ね。」
「うん、これはスポーツだけじゃなく、全てのことについて言えるらしいよ。」
「将来の夢や目標についても同じということ?」
「うん、将来こんな仕事をしたいとか、こんな生活したいとか、いろいろと夢というか願望ってあるよね。でも、それを実現できる人ってそんなに多くないはず。じゃあ、実現した人は何が違うんだろうかなって。少なくとも無理だなって思ってる人は実現しないということ。」
「「無理」って言わないことは成功の条件のひとつってことね。」
「そうだね。やっぱり「無理だあー。」って言わない習慣を身につけるべきだね。」
「やらない習慣って、なんか変な響きね。」
「そういえばそうだね。習慣て普通続けることだね。やらない習慣があるって、ちょっと発見かも。」
「そんな話を聞いてると、武志のやってること、十分修行だと思うよ。ところで、武志の勉強には先生がいるみたいね。こう言っちゃ失礼だけど、武志一人でこんなにいろいろ考えてるということが信じられなかったの。きっと素敵な人がそばにいるんだろうなって。」
「うん、妙なきっかけなんだけど、ある喫茶店のマスターからいろんな話を聞いてる。」
「喫茶店て、どこの?」
「シエロっていう、僕の高校のそばの店。そこのマスターから教えてもらってる。」
「興味あるなあ、今度私も連れてってくれる?」
「いいよ。だけど和子は何でもできるし頭もいいし、考え方だって僕よりずっと大人だし、それ以上成長してどうすんのって思うよ。」
「人を化け物みたいに言わないでよ。私だって毎日いろんなこと考えたり悩んだりしてるし、もっと成長したいって思ってるよ。武志を短時間で変えた先生にも会ってみたいし。」
「いやいやいや、そんな変わってないし。」
「日程調整お願いね。お互い土日も部活あるし、夏休みでもいいよ。」
◇ ◇ ◇
将来の目標についても「無理」という言葉は使わない。それは納得できる。でも、僕の場合、将来の目標が決まってない。和子は英語を使った仕事をしたいと言ってたっけ。英語を使った仕事って具体的に何だろう。通訳、本の翻訳、アメリカの会社に就職するとか。きっと彼女なら実現するだろう。無理って言わないとかそんなレベルじゃなくて、こつこつと努力を続けていくんだろうな。
自分の夢は・・・。
そういえば、小さい頃から工作が好きだったな。ゲームよりプラモデルに夢中だったし、自分でもそこそこ器用だと思ってる。何かものを作る仕事ができたら楽しいかも。
うん、もの作りの仕事、いいかも。
でも、もの作りの仕事って何万種類もありそう。大きなビル、ロケット、船、自動車、家具、えーと、テレビ、かばん、靴、ボールペン、看板、道路・・・。でも、そこはゆっくり考えましょ。いいもの見つかるかもしれないし、また別の目標になるかもしれないし。
少なくとも、目標が決まったら、それを『無理』とは言わないようにしよう。