3月26日 カフェ・シエロ
「それじゃ、カンパーイ!」
「一年間、ありがとうございました。次の一年もよろしくお願いします。」
「もうそんなにネタないってば。」
「裕介、大丈夫よ。武志くん自分でテーマ見つけてくるから、それを聞いてみんなで考えましょ。」
「そうだな。武志くん、ワクワクする話を頼むよ。」
「それじゃあ、ひとついいですか?」
「なになに?」
「実は、先輩から2学期の生徒会役員選挙に出てくれって頼まれて、まだ返事してないんです。どうしたらいいかなあって。」
「何やれって?」
「それが、生徒会長。」
「でえええええええっ! 武志くん出世したねえ。すごいじゃん。」
「いやいやいや、出世とかじゃなくて、最近生徒会役員のなり手がいないんですって。」
「それで、断りそうにない武志くんに白羽の矢がズドンと刺さったわけだ。」
「まあそういうことみたいです。どうしたらいいと思いますか?」
「うーん、朋子ならどうする?」
「断るかな。一応中学では文化委員長やったけど、生徒会長はちょっとね。それに、高校の生徒会って、学校祭を取り仕切るわけでしょ。私には自信ないな。裕介は?」
「誰にものを言ってるんですか。やれるわけないでしょ。」
「やよいならどうする?」
「高校時代なら笑い飛ばして終わりだったけど、今なら引き受けるかも。」
「おおおっ!やよいちゃん前向きい!」
「どうして今ならOKなの?」
「学園祭って、教授と一緒に取り組んでる地域活性化事業と大して変わらないかもって思ったら、なんだか楽しそうって。」
「なるほどね。それで、武志くんはどうするつもり?」
「どうしようかな。気分的には断りたいんですけど、なんか、先輩の頼みだし断りにくいなあって。それじゃあ引き受ければいいじゃないかとも思うんですけど、部活も忙しいし、シエロにも来れなくなるかなとも思うとやっぱり断るべきかなあとも・・」
「こんにちは。」
「西野先生、いらっしゃい。お待ちしてました。」
「朋ちゃん元気そうだね。もう完璧カフェのマスターって感じかな?」
「まだまだ勉強中です。先生何になさいますか?」
「朋ちゃんのスペシャルブレンドをお願いします。」
「スペシャルってほどでもないですけど、がんばって勉強して作った当店オリジナルブレンドです。おいしいって言ってもらえるか不安ですけど、しっかり淹れますね。」
「大丈夫、絶対にうまいって言う。」
「先生、ご無沙汰です。」
「裕介も社会人だもんね。おっちゃん年取るわけだな。」
「キリマンジャロ登ったの聞きましたよ。くやしいけど僕より若いかもしれません。」
「おいおい、精神年齢ならわしが一番若いんだから、せめて肉体年齢はじじいより若くあってほしいな。」
「先生と競い合おうとは思いませんて。」
「こんにちは、押野やよいと言います。朋子ちゃんの姪です。」
「やよいさん、素敵な名前ですね。学生さん?」
「名前誉めてもらうの久々。ありがとうございます。芸術工科大の2年生です。」
「芸術家なんだ。かっこいいね。今度色紙持ってくるからサイン下さいね。」
「ところで先生、武志くんの悩みを聞いてあげて下さい。人生の岐路に立ち、どっちの道に進むか迷ってる青年を助けてやって下さい。」
「道に迷ったんか?」
「じいちゃん、僕ね、生徒会長に立候補してくれって先輩から頼まれちゃったの。」
「おお、それはめでたい。お祝いしよう。」
「いやいやいや、まだ決めてないんだってば!」
「なんで?」
「だからあ、いろいろ大変になるじゃん。部活もあるし。」
「でも、頼まれたんでしょ?」
「まあそうだよ。」
「じゃあ、やってあげればいいじゃない。」
「先生、シンプルですねえ。」
「人生複雑に考えようとするからめんどくさくなるのよ。腹がへったら飯を食う。のどが乾いたら水を飲む。おもしろい話を聞いたら笑う。自分の未来を大事にしたいから努力する。困ってる人がいたら助ける。生徒会長になってくれと頼まれたらなってあげる。これに何か問題でもあるんかい?」
「じいちゃんは、生徒会役員になったことある?」
「ない! だって、頼まれなかったもん。」
「結構無責任じゃない?」
「やりたくないのなら断るしかないか。でも、三年の卒業時にね、『あのとき生徒会に誘ってくれた先輩がいなかったらと思うとぞっとする。あの生徒会の体験があるからこそ、今の自分があるんだな。』なんて思ってるかもよー。
もしかして、じいちゃんの遺言も迷惑だった?断れば良かった?」
「うわー、先生説得上手ですねえ。武志くん、ここは受けるしかなさそうだね。」
「なんか、じいちゃんに言いくるめられたみたいで悔しいんですけど。」
「だめだめ、悔しいなんて言葉は武志の辞書から削除しておきな。悔しい人生になっちゃうぞ。」
「こわ。」
「これは、やるしかないみたいね。先生の話聞いてたら、私も賛成になってきた。」
「仕方ない。やる方向で検討してみる。だけど、他にやる人がいたら、やらない。」
「そうそう、頑張ってね。
それから、どうせやるんなら喜んでやってちょうだい。『俺はやりたくてやってるんじゃねえ。』なんて言葉を出されると、周りの人も苦しくなるからね。
昔読んだ雑誌でね。「やる気茶屋」っていう居酒屋の話が出てたのよ。そこの従業員はほとんど学生のアルバイトなんだけどね。注文すると「へい!喜んで!」って答えてくれるんだって。ねっ、いい話でしょ?
それでね、『西野先生、これお願いできますか?』って聞かれると、『へい!喜んで!』って答えたこと、けっこうあったよ。」
「そういえば、聞いたことあったかも。それで、先生は充実した教員生活でしたか?」
「あはは、仕事引き受け過ぎて失敗した。 てか、みんな結構よけいな仕事もってたし、わし一人だけ苦労してたわけでもないけどね。」
「とにかく、結論は出たね武志くん。『喜んで引き受ける。』ってことだな。」
「はあ、じいちゃんの登場がうらめしい。」
「まあまあ・・ところで朋ちゃん、一年間ありがとうございました。武志のじじいいとしてお礼申し上げます。」
「いえ、私も西野先生のおかげで武志くんと知り合えたし、けっこう楽しい一年間でした。
それから、もうひとつ感謝しなくちゃならないことがあるんです。」
「なんした?」
「俺から言うよ。
実は、わたくし足立裕介と江口朋子さんは、結婚することになりましたっ!」
「でえええええええええっ!」
「やよい、何その『でええええええ』ってのは。」
「いやあ、唐突だったからびっくりした。」
「それはおめでたい。でも、なんでわしが関係あるわけ?」
「裕介ったらね。『武志くんと和子ちゃん、将来結婚するかもね。その時は俺たちで仲人やろ。』なんてすごい変化球でプロポーズしてくるのよ。」
「じゃあ、ぼくのおかげで二人が結婚するんですね。」
「武志、そう早とちりするんじゃないよ。裕介は言い出すきっかけがほしかっただけ。まあ、武志がわしの遺言持って現れなくても、結果は同じだったはず。」
「今なら正直に言えますけど、その通りです。」
「研一も来てればなあ。おもしろい瞬間み立ち会えたのに。」
「そういえば研一くん、最近見ないね。」
「わし、先週会ったよ。」
「じいちゃんが?どこで?」
「わしんち。 研一くんね、月に一回くらい遊びに来て碁打って、じじいをこてんぱんに叩きのめして帰っていくんだな。わし、サンドバッグ状態。」
「そうだったんだ。研一ったら何も言わないんだから。」
「研一くんらしいと思うよ。」
◇ ◇ ◇
「じいちゃんの車に乗るの、久しぶり。」
「まだまだ運転うまいべ?」
「まあ、乗ってて危険は感じないね。」
「上手には見えない。だけど不安はない。これが人間の究極の姿だな。」
「じいちゃんのおおげさな表現、いつからなの?」
「二十歳から成長してないからなあ。そのあたりから。」
「ずーっと付き合ってた生徒も立派だったんだね。」
「そうなの。立派な生徒さんばかりだったの。」
ちょっとだけいやみを含んだ言葉に気づいたのかどうなのか、まるで意に介さずスルーしてしまうじじい。まったく、あんたは大物だよ。
「武志、朋ちゃんいい人だろ?」
「うん、悔しいけどじいちゃんの遺言のおかげで、僕の世界が一気に広がった感じがするよ。それに、ずいぶん成長したと思う。朋子さんからは『成長が加速してる。』って褒められた。」
ずいぶん前に和子からも同じことを言われたっけ。「あんただけ成長のスピードが違う。」って。
和子に褒められたの、ほんとはすごくうれしかった。和子は生徒会の副会長経験者。来年僕が生徒会長になったら、少しは和子に近づけるだろうか。
でもその時、和子はさらに先を走っているようにも思える。
和子と一緒の人生。なんだかそれも悪くないような気がしてくる。あの前向きな気持ちとバイタリティ。顔、日焼けして真っ黒だけど、よく見るとけっこう美人。一緒にいられたら「楽しい人生」が待ってるのかもしれない。
何考えてんだ俺は? そもそも和子が自分を選ぶ筈もないじゃないか。
でも、人生の計画書の通り建築士になって世界を駆け巡る仕事ができたら、その時なら。
「おーい、たけしい。おーい。」
「はっはい? じいちゃんなに?」
「お前今、こころの旅に出てたろ。どこに行ってたか当ててやろうか。」
「うるさいなあ。ちゃんと前向いて運転してよ。」
「おお、帰ってきた帰ってきた。いきなり黙っちゃうからじいちゃん寂しかったよう。」
「じいちゃん。」
「なんじゃい。」
「遺言、ありがとう。」
「ほいさ。」
「ほいさって何よほいさって。おさるのかごやじゃないし。」
「ありがとうって言われて、新婦の父みたいに感動で泣くみたいなの絶対にやだ!」
「まあいいや、とにかく、遺言もらって感謝してる。」
「んじゃ、次の遺言考えとく。」