4月22日
2日前の夜
「武志、こないだの「お薦め本」だけど、ひとつ思いついた。「ガリバー旅行記」だ。どうだ、まいったか。」 「ガリバーって小人の国のガリバーでしょ。あれって子供の絵本じゃないの。それに読んだことあるし。」 「ふぉっふぉっふぉっ。君はまだ本当のガリバーを知らない・・・はずだ。あれは決して子供の童話などではない。武志が知ってるのは「小人の国」と「巨人の国」だろ? 「空飛ぶ国」や「馬の国」なんかもあるんだ。特に馬の国の話なんかは、人間の世界の悲しさが漂う、涙なしでは読めないお話じゃ。」 「父さん、いつ読んだの?」 「忘れてしもうたわい。中学だったか高校だったか、もしかしたら大学生の時だったかもしれぬ。少なくとも働いてからではない。なんせ働き出したら文学書読むゆとりなんてなかったもんね。」 「じゃあ、気が向いたら読んでみる。」 「ええええっ!?紹介させといて読まないって選択肢ある?そりゃお父さんかわいそう。」 「あっ、ごめん。図書館言って探してくるよ。」 「そうそう、素直でよろしい。」 |
「ガリバー旅行記」は高校の図書館にあった。子供向けの本を借りる恥ずかしさもあったが、見つけた「ガリバー旅行記」は文庫本。しかも400ページに迫る厚さだった。
これなら恥ずかしくない、大丈夫。でも、高校生が「ガリバー」だけって、やっぱり変?他に何か良さそうな本ないかな。でも、この図書館に本て何冊あるんだろう。えーと、この棚の一段に、、、80冊くらい。ということは、5段あるから400冊。1か月に一冊読むとして、1年で12冊、10年で120冊。この棚の本全部読むのに40年かかるのか。裏側の棚も入れると、この本棚の本を読み終わるのが95歳?時間て、たくさんあるようで意外と少ないのかも。
もうひとつは「羊と鋼の森」に決定。司書おススメの本として、入口付近に並んでいた本の一冊。題名だけ見ても何のこっちゃという意味不明感が逆に良かった。
受付に本と自分の貸し出しカードを提示する。今は学校図書館も電子システム化が進み、本とカードをバーコードで読み取るだけ。ドキドキして2冊借りる必用もなかった。でも、余計なことをするとしっぺ返しは必ず来るもの。司書さんに言葉をかけられてしまった。
「『ガリバー』ね、この本借りる人久々に見たわ。電子化してから初めてかも、ちょっとまってて、、、ほら、『ガリバー』はあなたが最初。『羊と鋼の森』もかなり面白いよ。でも、おもしろい組み合わせね。こんな本の選択をしてくれる人がいてうれしいな。長倉武志くん、新入生なのね。」
「はい、普通科1年の長倉です。」
「本が好きなのね。」
「でも、これはぜひ読めって紹介された本で・・。」
「こんな本を薦めてくれる友達がいるってすごいね。読んだ感想、ぜひ聞かせてね。」
「はい、わかりました。どうもありがとうございます。 ひとつ質問していいですか?」
「いいわよ、本を探してるの?」
「いえ、この図書館に何冊本があるのかなあって・・。」
「ちょっとまってて、、、詳しい数が欲しい?」
「いえ、大体でいいんです。」
「1万4000冊くらいね。これでも高校としては少ない方よ。」
「これ全部読んだ人なんて、いないですよね。」
「長倉君、すごい野望があるみたい。たしかに毎日一冊ずつ読んだとしても1年で365冊、10年で3650冊、全部読み切るのは40年後。現実的じゃないわね。それに、図書館の本はほんの一握りよ。しかも高校生向けの本が中心だし、大人になったらまた別の本が待ってるはずよ。でも、高校生の間はしっかり活用してね。リクエストも受け付けてるから、読みたい本があったら教えて。」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
うそついちゃった。「ガリバーだけじゃ恥ずかしかったんで、もう一冊借りました。読むかどうかわかりません。」なんて言えなかった。それに、「ガリバー」薦めたの、友達じゃなくて父さんだし。
朋子さんは「自分で考えて。」だったけど、父さんの勢いに負けてガリバーから始める。とりあえず朋子さんにメール。
本は、「羊と鋼の森」を選びました。でも、読めるかどうかわかりません。父が薦める「ガリバー旅行記」を先に読むことにします。 |
返事はすぐに来た。
びっくり!武志くんもお父さんもすごい! 私が本の紹介する必要なんてないみたい。読んだら感想を聞かせてね。 |
まあ、読んじゃえばいいんだ。
4月29日
「で、ガリバー旅行記は読んだの?」
「はい、わりとすんなり。「小人の国」と「巨人の国」は飛ばしちゃって「空飛ぶ国」からの始めたんです。目次に「ラピュタ」の文字を見つけて、ジブリのアニメ「天空の城ラピュタ」って、「ガリバー」が元になってたの?宮崎監督も読んでたんだ。話同じなのかな。っていろいろ考えながら読みました。実際は映画とぜんぜん違いましたけど。
それから「馬の国」も良かったです。説明しずらいんですけど、なんか人間のくだらない部分が見えてきたような感じでした。いつもへらへらしてる父なんですけど、ちょっと見直したというか・・・。」
「素敵なお父さんだと思うよ。もう一冊は?」
「実はまだ読んでなくて・・・まだ貸し出し期間が1週間あるので、連休中に読もうと思います。」
「朝は読書してるの?」
「それが、朝ってなかなか集中できなくて、読書は結局寝る前が多いです。途中で切れなくてちょっと夜更かしになって。次の朝きつい時がありました。」
「うーん、、、読書、だめだったか。 でも、読書そのものは絶対に身につけたい能力だから、今のペースで続けてね。読書してなかった武志くんより、今の武志くんの方がぜったい素敵になってるから。で、朝は?」
「テレビ見ながらストレッチ・・・いいんでしょうか。」
「うん、いいと思うよ。そのかわり1か月は続けてね。
はい、今日はコーヒーじゃなく紅茶にしたね。イングリッシュブレックファースト。何種類かの紅茶のブレンドだけど、ミルクティーに合うように強めに出るようにしてあるの。ガリバーの作者がイギリス人だから、強引に今日はイギリスの日!」
最初からミルクが入れてあるのは、こうやって飲みなさいという提案だな。たしかにミルク中に紅茶の香りがきちんと感じられる。砂糖いれなくても、うまい。
「でも、できるだけ朝に読書できるように、もう少し頑張ってみます。ストレッチもしますけど。」
ストレッチしながら読書する自分を想像して、可笑しくなる。
「ところで、朋子さんのおすすめ本は何ですか?」
「いろいろ考えたんだけど、武志くんの選択を聞いたら、「これは武志くん大丈夫かな。」なんて余計な心配しないことに決めた。私のとっておきの本を紹介するね。とは言っても子供向けの本だけど。今話すと止まらなくなりそうだから、今読んでる本が終わったらメールして。その時に教えるね。」
4月30日
「武志おはよう。早起きのトレーニングは続いてる?」
「おはよう和子。一応毎朝6時には起きてる。でもテレビみながらストレッチの毎日で、けっこう身体だけは柔らかくなった。和子のほうは朝の宿題やってる?」
「それはやるしかないの!」
「大変だねえ、こっちは早起きしてもやることなくて、何か和子がうらやましいって、ほんのちょっと、いやっ、ほんとにほんのちょっとだけ感じた。でもすぐ思い直した。」
「あんた気楽でいいね。でも、これも私が選んだわけだし、今さら文句言えないな。」
「まあ、頑張って。」
「一応ありがとって言っとく。」
「ところで和子、ひとついい?」
「なあに。」
「和子のおすすめの本を一冊教えて欲しいんだけど。」
「武志、ほんとに変わったね。卒業してたった1か月で、どうやったらそんなに変われるわけ?あんただけ成長のスピードが違うって感じがする。」
「へっへっへっ」
「ほら!この反応も違う!さては、武志の身体乗っ取ったなんかの魂がたまたま知的だったとか。」
「いいから、本!」
「今はだめ、勉強部屋来ちゃった。また今度。」
あの和子に褒められた。これってすごいことなのかもしれない。実際に朋子さんと話したのはまだ3回。アドバイスは「早起き」だけ。だけど、ひょっとしたらすごく変われるのかもしれない。とりあえず、じいちゃんの「遺言」の通り、朋子さんの言葉に耳を傾けていこう。
自分の列車が来た。和子は勉強部屋だけど、僕は何とか図書室にする。「羊と鋼の森」1ページ目のスタート。