2月8日
「朋子さん、こんにちは。」
「武志くん、いらっしゃい。」
「人生の計画書、書き直しました。」
「ちょっと待ってね、今コーヒーいれるから。いつもの高校生スぺシャルでいいよね。」
「はい、お願いします。」
「今日は、奮発してブルーマウンテンにするわね。」
「いいんですか?」
「他にお客さんもいないし、私が飲みたいから。」
「それじゃあお願いします。」
「どれどれ、見せて。」
「かなり詳しく書いたつもりです。」
「ふーん、なかなかよく書けてるね。
でも、もう少し膨らませて欲しいから、いくつか質問するね。
まず、仕事のこと考えてみるね。
建築の仕事っていうのは今のところ変わってないのね。」
「はい、でも「今のところ」っていう表現で間違いないです。」
「目標が変わったら、その時点で計画を変えればいいの。今は建築士で考えるね。どんな建物を設計したいの?」
「これもよくわからないんですけど、どうせならすごく大きなものを立てたいですね。」
「コンサートホールとか?」
「そんな感じです。」
「それなら、最終目標をオリンピックスタジアムにしたら?」
「朋子さん、そういう大きいこと、すぐ出てきますね。」
「少しは考えてたのよ。」
朋子さんが、僕と会っていない時に僕の未来を考えていたなんて、ちょっと感動する。一方で、「まるで母ちゃんみたい。」なんて考えてる自分もいる。どっちにしても、朋子さんありがとう。
「オリンピックスタジアム、いいですね。本当に実現したらすごいなあ。」
「もう世界的な有名人だね。」
「その時は朋子さんを招待しますね。」
「で、招待してくれるのは、いつのオリンピック?」
「えーと、たぶん50歳くらいかな。だとすると34年後ですね。」
「2052年・・・ちょうどオリンピックの年だね。じゃあそこで決まり!」
「うわー、頑張らなくちゃ。でも、その次になったらごめんなさい。」
「50歳でオリンピックスタジアムってことは、40代の半ばくらいにはある程度実力を認められるようになってないとね。」
「そうですね。40歳には大きな建物が任されるようにならないと、ですね。」
「有名なホールや美術館なんかは、たくさん建築家がアイディアをコンペに出すって聞いたことあるわ。40代で大きなコンペで優勝して実績作るのも、計画に入れといて。」
「実現させる自信ないですけど、一応入れときます。」
「弱気は禁物よ。」
「次、毎年の貯金を書こうか。
25歳のとき、自分の通帳にいくら入ってるといい?」
「貯金ですか・・・あんまりイメージわかないなあ。」
「それじゃあ、先に65歳の時にいくらあればいいのか考えてみようか。」
「1億円・・・・ちょっと無理か。」
「おいおい、オリンピックスタジアム作っちゃう世界的な建築家だよ。」
「でも、億っていう単位そのものが、もう僕には実感ない世界です。現実的じゃないっていうか。」
「いいのよ、高校1年が未来の計画を立てるんだから、どんなに頑張ったって現実的になんかかけないからね。それに、自分で決めたラインを超えることはほとんどないのよ。武志くんが「1億円」ていった瞬間、もはや1億円以上にはならないとしたら、悲しくない?」
「それじゃ、10億円にします。」
「それでいいよ。10億円ね。今度は、何歳の時に5億円突破してるかな。」
「きっと、若いうちは修業中だし大きな設計なんかできないはずだから、お金がどんどん貯まるのって、やっぱり50歳すぎてからだと思います。」
「じゃあこうしようか。40歳で大きなプロジェクトを担当できるようになる。45歳で出品した設計のコンペで優勝して、オリンピックの総合開会式のアリーナを設計する。それで名前が売れて、その後は大きなプロジェクトを任されるようになり、年収が5千万になるってのは?そうすれば、20年で10億ね。正直私だって建築士の収入なんて知らないけど。」
「簡単に言いますね。でも、本当にそうなったらすごいなあ。」
「現実が計画を上回ることはありません。これでいいんです。」
「でも、何億円も稼ぐなんて計画するのって、欲張りみたいでちょっと抵抗もあるんですけど。」
「でもね、仕事ってそもそもお金を稼ぐのが目的じゃない?お金のためだけに働くわけじゃないっていう人でも、お金はいらないとは言わないはずよ。それにね、武志くんが10億円稼いだら、10億円分の価値を社会のために作ったとも言えるのよ。」
「そう言われると、お金を稼ぐのって悪いことじゃないって思えます。」
「でしょ。それじゃあね、どこに住んでるか書いてみようか。」
「単純なイメージなんですけど、最後はパリかニューヨークに住んでたらかっこいいかなって。」
「何歳から?」
「それじゃあ、50歳からにします。コンペで優勝して有名になって、そして本拠地をパリかニューヨークにするってことで。」
「英語とフランス語は話せなくちゃね。いつ勉強する?」
「英語は、大学でも勉強するけど、その後もスクールに通って、30歳にはペラペラになるってのはどうですか?」
「後でもう少し詳しくステップアップを考えようね。英検とかトーイックを何歳でどれくらいのレベルになってるか。」
「フランス語はどうしましょう。」
「それは武志くんが考えることだけど、勤めた設計会社がフランスに営業所を置くことになって、そこに3年間派遣されてる間に憶えた、とか。」
「フランス語話せるんなら、最後はパリにします。」
「つまりフランス語が心配でニューヨークも考えてたってこと?」
「うーん、そこまで深く考えてもいなかったけど、なんか、パリってかっこいいですよね。」
「50歳でパリだとすると、その時にお子さんは何歳かな。」
「えっと・・・21歳と18歳ですね。」
「もう少し早くパリに行っちゃって、子供さんもパリの学校に入れちゃう?」
「それもかっこいいですね。」
「お子さんもバイリンガルになるしね。」
「だいぶ詳しくなってきましたね。」
「そうね、でもまだまだよ。武志くんの趣味は?」
「趣味ですか?それって、計画書の中ではおまけみたいなものですよね。」
「そうでもないよ。仕事はもちろん大切だけど、趣味もしっかりやらなくちゃ。」
「ここはパスしていいですか。本当に何も浮かばないです。」
「それじゃあね、何歳でどんな資格を取っているか、考えようか。」
「まずは、運転免許ですね。」
「いいわよ、何歳で何を取る?」
「18歳でバイクと自動車の両方取りたいんですけど。」
「ここはまだ経済的な余裕もないしね。お父さんに相談ね。」
「そこは問題ないと思います。きっと「なんでも取れー。受かるまでいくらでもやれー!」なんて言うに決まってますから。」
「本当、羨ましいな。すごくいいお父さんだね。」
「そう言われれば、そうですね。うち、そんなにお金持ちじゃないけど、「お金無いからダメだ。」って言われるイメージが全く無いです。」
「武志くんのお父さんて、理想のお父さんかもね。」
ビールを飲んでヘロヘロの父が「理想のお父さんグランプリ」のトロフィー持ってガッツポーズしてる映像が浮かんだ。副賞はビール1年分。いったい何を考えてんだ俺は。
「でも、18歳はやめときます。大学2年の夏休みに免許を取ることにしておきます。」
「OK.その他の資格は?建築士は絶対必要でしょ?」
「そうですけど、1級とか2級とかあったようあ気がします。あれってなんなんだろう。」
「じゃあそれ、調べておくこと。それで、取得できる年齢になったら取っておく。これは宿題ね。」
「かなり具体的ですね。」
「そろそろ武志くんと言う人物が見えてきたかな?」
「完全に僕じゃない人物ですね。」
「実現するといいね。じゃなくて、実現させましょう。」
「ハイ!頑張ります。」