この、ハンコで押したような対応はいったい何なのだろう・・・

(1)児童・生徒の自殺があった。
(2)いじめが苦しいという書き置きがあった。
(3)第三者委員会で調査。
(4)いじめが原因の自殺ではないと判断。
(5)遺族が再調査を求める。
(6)いじめが原因と認める。

これだけの儀式を経ないといじめを認定してはならないという不文律でもあるんかい?!

頭下げても何も解決しない。けど、頭を下げる以外に何もできない状況が繰り返される。

神戸市教育長が陳謝「遺族に寄り添えず、痛恨」 神戸中3自殺 市再調査委「いじめ主因」

神戸市垂水区で2016年10月、市立中学3年の女子生徒=当時(14)=が自殺した問題で、同市がいじめと自殺の関係を明らかにするために設置した市いじめ問題再調査委員会は16日、いじめが自殺の大きな要因とする調査結果を発表した。自殺直後、市教育委員会が非公表で設置した第三者委員会の調査では、いじめを認定したが、要因の一つという位置付けで、遺族が再調査を求めていた。市教委の長田淳教育長は「遺族に寄り添うことができず、痛恨の極み。報告までに2年半を要し、深くおわび申し上げる」と陳謝した。

(中略)

調査結果は「いじめとして捉えていた教師は一人も存在しなかった。生徒に寄り添える教師が一人でもいれば、自死は防げた」と指摘。委員長の吉田圭吾・神戸大大学院教授は、記者会見で「第三者委員会はいじめを認定する力が弱く、自殺への影響も低く見積もっていた」と述べた。

2019,4,16 神戸新聞NEXT

ちなみに、「いじめ防止対策推進法」という法律があって、その中でいじめをこう定義しています。

「いじめ」とは、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍してい る等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な 影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該 行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。」とする。なお、起こ った場所は学校の内外を問わない。

あれれ?教師が含まれていない・・・という(本来あってはならない筈の)問題は、ここではひとまず置いておくととして、
「対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」という定義に従えば、いじめが苦しいとメモを残して自殺した子がいれば、それは明らかにいじめでしょう。

ここで登場する第三者委員会って、「そのいじめは、誰が起こしたのか、学校はなぜ防げなかったのか。」を調査する機関であって。「いじめかどうか判断する。」という行為自体がおかしい。

なんでもかんでも定義やら法律やらで議論する(しかない)のなら、いじめかどうかの判断をするのは裁判所でしょう。

下のニュースでは、こんな言葉も出ている。
「いじめとして捉えていた教師は一人も存在しなかった。生徒に寄り添える教師が一人でもいれば、自死は防げた」

本当にそうでしょうか。
「まさか自殺まですると捉えていた教師は一人も存在しなかった。」ではないのでしょうか。
普通の感覚の教師なら、「この子は発言力ないし、萎縮してる感じがあるなあ。いつもいろいろ言われてるし損な役回りばっかり・・・これって、いじめ?いや、そうではないか・・でも・・うーん・・・・もう少し様子みよう。」となるはず。

いじめの問題は、根が深いものがあります。
動機も行動も単純ですが、これを根絶するとなると、
解決策が見出せず、途方にくれます。

だからこそ、いじめが自分の生活を脅かすようなら、一時的に逃げましょう。
本当に耐えられなくなる前に、逃げ出しましょう。

「逃げたらどうなるだろう。」
ではなく、
「逃げて、それからじっくり考えよう。」
です。

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