人間とは、いったい何を求めて生きていけばいいのだろう。本当に自分の心に自由に生きることができるのだろうか。社会の中で生きるとは、いったい何なのだろう。

心の赴くままに生きてみたい。その時その時の情熱を自ら否定することなく、正直に生きてみたい。そう願いながらも、そんな生き方の苦しさや辛さも想像できる。踏み込めない自分がいる。

ヘッセの代表作である「知と愛」(原題は「ナルチスとゴルトムント」)は、一生を修道士として知の世界にのみ生きるナルチスと、修道院を飛び出し芸術と愛の世界に身を置くゴルトムントの生涯と友情の物語です。物語の大部分はゴルトムントの放浪生活。彫刻芸術に没頭したり、多くの女性と官能的な生活を繰り返したりと、波乱の人生を送ります。一方のナルチスは、修道院という社会から隔絶された空間でストイックに修行と勉学に励みます。どちらが正しいというのではありません。どちらも正しい生き方なのでしょう。それは、ナルチスとゴルトムントが、お互いの生き方に尊敬と憧れを持っていることにも表れています。ただ、どちらの道を選ぶにしても、かなりの覚悟が必要ですね。

ヘッセの小説は、ほとんどの主人公が「優秀な人物」です。精神面でも勉学でも、芸術や宗教の領域でも「天才」と呼ばれる人々の物語です。そんな人間に悩みなんてあるのだろうか。それがあるのです。優秀な人間の悩みだから、人間の本質をえぐるような悩みなのです。だから、100年近くも前にドイツという異国で書かれた小説が、今でも日本で愛されているのです。

ちなみに、私がこの本を最初に読んだのは、まさに高校時代です。以来、10年に1度は読み返しています。読む度に新しい発見があり、その時々の自分の姿とこれからの人生を思い、決意を新たにしてきました。

私にとってのナンバーワンは、文句なしにこの小説です。

文章は難解だし、日本人の私達には理解できない宗教観にも触れています。一気に読み進めるのは大変かもしれません。それでも、一度は挑戦してほしい本です。途中で挫折したとしても、何度でも再挑戦してほしい本です。それだけの価値はあります。また、中世ヨーロッパの生活や、日本にはなじみのないペストの流行など、西洋の生活文化を知る上でも価値ある一冊と言えましょう。

ところで、物語の中に出てくる修道院にはモデルがあります。ヘッセも学んだ「マウルブロン修道院」です。ドイツの南側にあり、現在は世界遺産にも登録されている修道院です。また、教科書によく出てくる「車輪の下」という小説の舞台にもなった修道院もここです。ヘッセファンにはたまらない場所でしょう。ドイツ特有の木組みの家も美しい、とても小さな町です。近所にはヘッセが住んでいた町や、アルバイトしてた書店も残っています。興味のある人は将来足を延ばしてみませんか。

この本を読んで、「ヘッセっていいなあ。」と思ったら、「シタールダ」と「デミアン」が次のおすすめです。

 

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